第109話◆決死行(1)
文字数 2,186文字
「如何されるおつもりですか?」
逡巡した年配の騎士に代わって、サマトが無表情に方策を問う。
危険をむざむざ冒そうという主を前にすれば、強くもなるのだろう。
だが、セレナスの返答は無情だった。
「戦い続ける二人の間に、割って入ります。ラファルドが呑気に寝続けられるのは、安全地帯に居るからです!」
根拠は!? と問いたかったサマトを宥めるように、介抱されている最中の神官が疲れた声で会話に加わる。
「……此処が聖堂、だから、でしょう……。神の御加護ということです。……情けなくも、羨ましい話ですが……」
「軽口が叩けるなら、大丈夫ね!」
セレナスは敢えて笑って見せた。
しかし。
「殿下! どのようにして割り込まれるおつもりか!?」
サマトが殺気を孕むほど険しい声で問い質して来る。
仕えの立場からすれば、ただの思い付きで特攻されては堪ったものではない。
主の為に死ぬのだとしても。
ラファルドが倒れている場所はセルディムにやや近く、グラディルからはやや遠い半端な中間地点。
見方によっては、ラファルドを巡って攻防が展開されていると言えないこともない微妙な状態だった。
けれど。
「二人の激突を隠れ蓑にします」
セレナスは事も無げに言い切る。
聞かされた全員は一人残らず魂消て、王女を凝視していた。
「…………」
セレナスはじっと待つ。
ただ一瞬の、好機を。ぶっつけ本番で。
言い切っておきながら、『無理です! お止め下さい!!』という抗議の悲鳴が上がることを想定していた。
だが、現実は――
『……解りました。耐えて見せます!』
という、諦めと覚悟がごっちゃになった応援が、〈結界〉担当の魔術師から一番に飛び出した。
『ただし、確実にと断言できるのは……二回までです。それ以上は――』
釘差しも漏れなくついて来たが。
それでも、上等だった。
だから。
『問題はありませんわね。一度で決めて見せますから!』
と、自然に強がることが出来た。
解っている。
何事においても、『絶対』というものが存在しないことは。
セレナスは即席の首飾りにした木片――〈転移符〉を取り出して、握り締める。
『では、殿下。こちらをお持ちください』
今回の作戦で偵察をよく買って出てくれていた騎士が、親指よりも一回り大きい程度の木札を手渡してきた。
『? これは……?』
『短距離専用の〈転移符〉です。本来は緊急の回避とか、目晦ましとか、奇襲に使うものですが……。三人までなら、一度で此処に運べます』
成程、と思った。
目標まで到達できれば、一瞬で帰って来れるわけだ。
『有難う! 必ず役に立ちますわ!!』
『では、私からは――』
従軍神官は〈身代わり人形〉と、対物理障壁をくれた。
『無いよりはマシでしょう』が当人の言だったが……。
(もしかしなくても、とっておきですわね。〈隠形〉に干渉しない性能は、金貨でも数万枚は軽くする上等品の証――と、聞いたことがありますから。……気のせいかしら。とんでもない額の借金を背負った気分です)
練度の高い〈隠形〉と〈身代わり人形〉は、どいう訳か、相性が良くない。一説によれば、姿や気配までも断てる〈隠形〉が、〈身代わり人形〉の効能まで”隠してしまう”からだと言われる。
セレナスの〈隠形〉は老師直伝であり、何時でも宮城を脱走できるように日々磨きをかけている代物である。お守り代わりに携帯させられている〈身代わり人形〉が役に立たなかったことも二度や三度では聞かなかった。市場を自由に歩き回れるようになるまでには、相応の苦労と努力があったのである。
ちなみに、回復(治療)と守護を得意とする神官が〈結界〉を担当しないのは、回復能力の保全が最優先事項だからだ。〈結界〉は破られると、ダメージとして術者に跳ね返る性質がある。肝心な時に回復役が機能しません、は許されない。
他にも色々、知恵やら装備やら道具やらを授けてくれたが――借金だのなんだの言いながらも、思い出せば自然に頬が緩む。
そして、御付きの近衛であるサマトは
『殿下、どうぞ、御武運を!』
と、一番覚悟が据わる言葉をくれた。
だから、待てる。
一人仲間の元を離れて聖堂を壁際に添って進み、グラディルとセルディムを一望できる、二人に一番近い場所で息を潜めていられる。
研ぎ澄ませられる感覚は、全て研ぎ澄ませる。
ただ一度の好機。それを見極め、万全の状態で挑む為に――。
(――来るっ!!)
盛大な激突音と共に高まりだす銅と白の、二つの輝き。
それは断続的な衝突を繰り返しながら、脈打つように鮮やかに、強力になり、視界を妨げるまでに眩しくなった。
奔流を産み出す激突の為に一人と一匹が地を蹴った瞬間、セレナスは四肢に力を籠める。
些細な影すら呑み込む強烈な光を隠れ蓑にして壁に足を掛け、数mの高さまで一気に駆け上がった。
(これは……、堪えますわね……!! けど――)
押し潰すように圧し掛かって来る〈力〉の圧迫さえ自分を支える押さえとし、全力で標的に届くためのバネを作り、力を貯める。
好機は、ただ一度。
視界はとっくに利かなくなっているが、物理的な目星は壁に張り付く直前まで(嫌になるくらい)繰り返し付けた。
後は――。
(圧迫の弱まりが、瞬間を教えてくれる! 早過ぎても、遅過ぎても、駄目。……計って……計って……、――今っ!!!)
未だ奔流が猛威を揮い続ける中を、『留め金』が僅かずつ緩んでいく感覚だけを頼りに、セレナスは全力で壁を蹴った。
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