第52話◆犬と猿と百合(4)
文字数 2,059文字
「可笑しなことでしたかしら? 晩餐会には姉妹が揃うのですが」
「……えっ!?」
「へえ! ってことは――」
ラファルドは驚き、グラディルが目を丸くする。
(断る前提の見合いに、国王の姫が揃い踏み――、……大丈夫なんだろうな……?)
警護やら、不測の事態下での対処やら、騎士団にかかる負荷がとんでもないことになると心配したラファルドの頭を、グラディルが大丈夫だ! の意味も込めて叩いた。
即座に飛んできた報復のトーキックを、グラディルは無視する。
「……たく。まあ、罠だと解っていても、本腰で臨んでいるように見えるわ。よーやるよ、ほんとに」
「当然、私の仕えである貴方方にも、服装規定が設定されますの」
「……だから、ですか……」
主君を飾り立てるのも、仕え人の役目。
不自然なほど破格な待遇の理由に、ラファルドは納得のため息を零した。
(万が一でも空振りだったなら、即席のお見合い会場になるわけか。ラディじゃないけれど、確かに良くやる。……破談前提なのに、過剰なくらい豪華な見合いだもんなあ)
「ええ」
セレナスの表情は何処か陰っていた。
しかし、グラディルが憤然と割り込んだのである。
「だったら、週末だけでいいじゃねえか!」
衣装の事だけでなく、ただ突っ立っているだけの任務まで含めて抗議した途端、陰りは顰めに取って代わられた。
不躾な仕えの顔面を扇で一撃すると。
「制服といえど、「着られている」では済まされません! ですから、猶予である今の内から実地訓練! なのですけれど。ご不満でして?」
「破けたら弁償、は困る! ――ってぇ!?」
黙っておいた方が体裁が付くことを堂々と主張したグラディルの耳を、ラファルドが引っ張った。
「(どうせ、貰って帰るつもりだろうに……!)いえ。適切な御配慮、感謝します!」
「……ならば、よろしいですけれど」
セレナスの表情が再び陰った。
「……?」
ひりひりする顔面と耳に耐えながら、グラディルはセレナスを窺う。
しかし、触れるべきなのかどうかは判断が付かなかった。
そして、逡巡した一瞬で、セレナスは吹っ切ってしまった。
「それと。貴方たちが私に帯同する名目は、護衛です。きちんと、留め置いて下さいませ?」
「あ、そ」
「……そうそう。しっかりと仕込ませて頂きますから。当日、どう動くべきか、とか、護衛の心得とか」
「(はて……)?」
ラファルドが首を傾げたのは、何故、王女の口からそんなことが出て来るのか、解りかねたからだ。
腰かけでも付き人を続け、公式な場で護衛として振舞うのである。
「授業」が待ち構えているのは解っている。
体裁を整える。
それだけの為に、専用の衛兵服を仕立てる「贅沢」をするのだから。
無論、用意する晩餐会も本物である。
魔王が人の国の一端を、人は魔王の人と形を、それぞれ平和裏に知る格好の機会。
互いに国家という門戸を構えているのだから、これを逃す手は無い。
当然、「見合い」のメリットも最大限に生かす。成約して良し、成約せずとも良し、である。
勿論、餌としても完璧に機能させる。
だから、元が素人だとしても、本番まで数日しか残されていないとしても、仕込めるものは徹底的に仕込むのである。
けれど、それらのことは、主人に恥をかかさない為に、周囲が進んで配慮するという性質のもの――であるはず、だった。
「講師の皆様方が、待ち侘びていましてよ?」
「……はあ」
つい、生返事になってしまう。
主人の言動に不吉の階を見出すことが出来たなら、運命は変わっただろうか。
「サマト」
「――はっ!」
セレナスの背後から若く精悍な騎士が進み出て、跪いた。
第三王女付きの先輩、古参の騎士として、顔馴染みになりつつある近衛の一人である。
「案内を頼みますね。託は……きちんと、鍛えて下さいますように、と」
セレナスの眼差しが怜悧になる。
「!!」
状況を呑み込んだグラディルの顔が不吉と興奮でごた混ぜになった。
待ち構えているのは、騎士団でも上位に位置する実力を誇る猛者たち。「授業」は授業と思えないほど荒れるはずだ。「俄仕込み」などと陰口を叩かせない為に、全力を出してくるだろうから。恵まれ過ぎた幸運を、好き放題甘受する世間知らず共に、やっかみ――もとい、世間の厳しさを教え込む意味をも込めて。
セレナスの嫌がらせ込みだとしても、願ったり叶ったりである。
一方、ラファルドは厳しい指導が待っている以外は理解が及ばず、グラディルの空気がさらに理解できずに困惑していた。
一体、厳しい指導の何が楽しいというのか?
「…………??」
「畏まりました」
騎士が恭しく一礼すると、王女は宣告だとばかりに扇を折り畳んだ。
「精々、揉まれてらっしゃい! 近衛騎士団精鋭の、直々の教鞭です。立ち上がれる足腰など、残して貰えるとは思わないことね!」
「え!? ――ええええーっ!?!」
「授業」の内容をようやく察して絶望するラファルドの襟首をグラディルがしっかと掴み。
そのグラディルの首元をサマトが掴んで引きずっていく。
「……で、殿下?! 殿下――!?」
ラファルドの悲鳴は遠くたなびいて、呆気なく消え去った。
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