第20話◆矜持・・・改

文字数 2,323文字

!! ――――」

目の前で発生した王族への暴行に騎士団員が殺気立つ。

「ラファルド様!!

サマトの悲鳴(けん)抗議は遅過ぎた。取り返しはもう、つかない。
しかし、セレナスが仕草で周囲を制止した。

「……グラディルへの仕打ちが、気に召しませんか?」

ラファルドの返答はセレナスの(きつ)問を超えて冷たかった。

「王族としての自覚が足りない、からです」

殺気立っていた団員達が、今度は沈黙に()まれる。

神祇(じんぎ)たるセルゲートは、相応(ふさわ)しき者に相応しき分しか(こうべ)を垂れない。

それは、公国に伝わる有名過ぎる警句。
セレナスが思う以上に、ラファルドは有名人であるらしい。
警句を胸に留める為に、セレナスは一呼吸を置いた。

「……どういう意味でしょう?」

「現状は、終わり良ければ全て良し、ではないのです。御理解頂けてなかったようですね?」

「それで?」

軽薄と思えるラファルドの笑顔をセレナスは軽蔑(けいべつ)する。
けれど、ラファルドは意に介さなかった。
単にセレナスが”怖い笑顔”というものを知らないだけの話であるし、同じような状況に遭遇したら――きっと、笑う。
何度でも、状況に合わせて。

「騎士団に恩を売っておく必要が在る、とは――」

「くどい! ですわよ」

(変な所で国王(ちちおや)に似ているなあ……。つまるところ、手加減は無用! ということですけど。――ん?)

「…………」

(気づかれたと察するや否や、逃げたのが居ますね……。どうせ、お手並み拝見! でしょうに)

自身に集まる騎士団員の『こいつ、(ろく)でもないこと考えてやがる!』という白い目線は、根性で無視する。

「では、……?」

ラファルドの足をグラディルが(なぐ)ってきた。
自分を放置するな! と、言いたいらしい。
しかし、今構うと空気が壊れるし、元気になったらなったで、余計な飛び火を増やしてくれる危険がある。
なので、話が済むまで放置する方針を取った。

「……、それと。これは頑丈が取り柄ですので」

悪友の真意を察したグラディルが、びくっと(ふる)える。

「傷つけていい、壊していい、ということではありませんが、どうぞ御自由に」

ラファルドの足を掴もうとした手が――力尽きた。

「それで?」

「では、御教示させて頂きます」

優雅な、けれど、牙の(するど)さを込めた一礼。

「ラファルド様!!

サマトの叱咤(しった)は、思い留まってくれという懇願だ。
この騎士が忠義者なのは間違いないだろう。
王に、ひいてはその血筋に忠誠を尽くすのは騎士の領分。けれど。
健全な生育を阻害する過保護になっては意味が無い。

「異議は、どうぞ、殿下に直接」

「…………」

「――――」

火花を(はら)んだ沈黙が新米傍付(そばづ)きとベテラン近衛(このえ)騎士の間に横たわる。
時間の浪費を嫌って見切りをつけたのは、ラファルドだった。

「見上げた気性なのか、呑気(のんき)なのか――。この件が片付けば、()め腹かも知れませんのにね」

「――――」

サマトの表情が(かす)かに陰る。
そして、セレナスの表情は硬直し、(ゆが)んだ。

「――どうしてですか!?

「……おやおや。平手を差し上げた意味が有ることを喜べばいいのか、無いことにため息をつけばいいのか……。困るとは思いませんでしたね」

セレナスは真っすぐにラファルドを(にら)む。

「言いたい事は、はっきりとおっしゃい!!

「…………。王族を(かどわかす)――企んだだけでも死罪の適用が在り得る重罪です。それは、よろしいですね?」

「くどいっ!!

「現状、未遂(みすい)でしたが……決行されてしまった後でもあります。これも、よろしいですね?」

「……いい加減にして頂けます?」

会話の噛み合わなさは、ラファルドが牙を研いでいるからだ。
セレナスはそのことに気付いていない。

「殿下は脱走されることで、近衛の面子(めんつ)を潰されました。加えて、この事件を迷宮入りに導かれたら――騎士団の面子までも潰されますね。そうなったとしたら、如何(いか)に陛下であられても、殿下を罰せざるを得なくなる。お解かり頂けてますか?」

「何ですって……!?

セレナスの険悪な目と、ラファルドの透徹(とうてつ)(まな)差しが正面からぶつかる。

「ラジアム=グリディエル大尉」

「――?!

振り返りさえしない指名に、騎士――気づかれたと察して逃げた一人、はぎくり、となった。
まだ、他人だ。顔も名前も。知り合ったことさえない。
けれど、知らん顔は出来なかった。
知っている。セルゲート()が如何なる(いえ)なのか、を。
観念のため息はどうにか隠し切った。
ちなみに、生意気な(つら)をもっとへこませろ! と、胸中で喝采(かっさい)を上げたことがバレたのか?! と本気で危惧(きぐ)したことは秘密である。
数mから一足の間合いまで近づいた。

「はっ!」

「セレル=アストリア公国第三王女廃嫡(はいちゃく)の可能性。現状は、如何程?」

「なっ?!

「ラファルド様! それは――!!

当人は元より、サマトを含めた騎士の一部が真っ(さお)になる。
大尉も二度目の観念は隠し通せなかった。

「一番楽観的に見積もっても……7、8割の確率だと」

「――えっ?!

セレナスは絶句してラジアム=グリディエルを見つめてしまう。
廃嫡の2文字は知っていた。だが、まさか。此処まで現実の物とは思わずにいた。

「事件の全容が未解明の現状で、これです。事件が迷宮入りになった日には――」

「病死」として片づけられることになる。
誰もがそう予感した。
そこへ、グラディルの蹴りがラファルドの足に命中した。

(もう! こんな時に――!! ……うわ。面倒臭い()ね方するからな!! って? ……しょうがないなあ……)

功労者にして唯一の被害者をこれ以上放置するのは無理、とラファルドは判断した。
けれど、グラディルは手当てを待たずに、ラファルドの身体を勝手に支えにして立ち上がる。
そして、ラファルドの頭を(はた)いた。

「女をビビらせて、何が面白(おもしろ)いんだよ!」

「――――」

意外な態度と文句に、誰もが目を丸くしたのである。
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登場人物紹介

登場人物を紹介していきます――のコーナーなのですが、

作者にちょっと暇と余裕がないので、とりあえず、名前がメインになります。


申し訳ありません!


基本的には短編集の時と同じように、適宜かつ随時、継ぎ足していく予定です。

よろしくお願いします!

●グラディル=トラス=ファナン

:勇者を志す、軍学校所属の少年。10代の少年としては大柄で、筋骨逞しい外見の持ち主。

父親は公国の公認を得ていた先代勇者。恵まれた身体能力、回復能力を持つ。

市井の、貧しい方に入る家庭の出。

竜の血と呼ばれる異能を継いでいる。

自分の父親のせいで、ラファルドの父親が異能を喪失したことを、ずっと気に病んでいた。

〈竜気〉の使い手。


●グレゴール

:勇者試験参加者を統率する、軍学校の教官。グラディル達のクラス担任でもある。

生意気盛りの生徒たちから一目を置かれる程度には凶暴。

●ラドルフ

:軍学校在籍の少年。グラディルの級友。背丈は同程度だが、身体の厚みではややグラディルに劣る。

冷静な言動を好む。勇者試験に参加している。


●ヴァッセン

:軍学校在籍の少年。グラディルの級友で、悪ガキ仲間。中肉中背。

就職に有利になるかと考えて軍学校の門を叩いたが、軍人としての将来は考えていない。

勇者試験の参加は見送った。三人で一番現実的。

●ラファルド=ルヴァル=セルゲート

:王立大学付属の高等学校に通う少年。中肉中背。グラディルと腐れ縁の古馴染み兼監督役。

学生寮で一人暮らしをしている。

異能の血族の一人にして、神祇の一人。大人顔負けの才覚を持ち、発揮する。

その影響なのか、反動なのか。必要以上に大人びた、可愛気に欠ける言動が目立つことも。

国王と親戚付き合いをする(父親の縁)けったいな家の出。

年々、異能が衰えていることを、グラディルに黙っていた。

●ガルナード=アストアル

:セレル=アストリア公国国王。ちょっとお茶目な働き盛り。

趣味はこっそり宮殿を抜け出すこと、強者との勝負。

国王の重責を理解してはいるが、同時に辟易している部分がある。

もしかしなくても、娘馬鹿。公国最強の武人としても有名。

大人気ないこともあるが、それすらも確信犯である時が多い。

親友の息子の一人であるラファルドは可愛気に欠けることが多い(割と危なっかしい)

「甥っ子」みたいなもの。


●ミラルダ=マインズ

:第三王女に仕える王宮の古強者の一人。肝っ玉おっかさん。

主人のお転婆が少々悩みの種。幼馴染の紹介で王宮で働くようになった。

庶民出の出世頭として、割と有名な人。


●アスカルド

:近衛騎士団長を務める男盛り。近衛最強だが国王には及ばず。

第三王女の素行の被害を(立場上)一番よく被る人。

取り潰しに遭った、とある貴族の家の出身だが、家に興味は無い。


●シュヴァルト=アインズ=グレスケール

:辣腕で名高い公国宰相。元々は王族の家系。

娘を国王に近づけ、さらに実権を握ろうと画策中。

才色兼備のロマンスグレーだが、国王にはしてやられることが多い。

昔の恋を今も引きずっている……らしい。


●クリスファルト=ダグム=セルゲート

:ラファルドの兄。少年時代はやんちゃだったが、今は生真面目のきらいあり。

爆走を辞さない弟たちに振り回される運命……なのか?

政治感覚に優れているが、神祇としての序列は高くない。

●セレナス=アストアクル

:公国の第三王女。市井では「白百合姫」と評判を取る美少女。

しかし、その正体は……。

孤独を負いつつも、快活な少女だが、何故かグラディルには当たりがきつい。

思わぬことから、魔王の見合い相手に選ばれていたことを知ることになった。

グラディルが羨ましい……らしい。

傍目には、結構残念に思えるところが在る。

●ラシェライル=ヘディン

:グラディルの幼馴染の少女。美人。

グラディルよりも遥かに早くから、かつ長く、王宮に勤めている。

しっかり者。粒は小さいが、上等な紅玉をお守りとして持っている。

●男

:裏町で一定の悪党をまとめ上げる人物。

下町ではそれなりの大物と思われているが、裏社会では下っ端階級の中間管理職。

鼻が利くことと、人を見る目の確かさが取り柄。

今回は面子が邪魔して、裏目に出た。


●依頼人

:仮面をつけた余所者。悪意を以て謀(はかりごと)を為そうとしているようだが。

男に看破されているように、悪党のことは一欠片も信用していない。

魔王征伐を企んでいるらしい。

公国主催の晩餐会に満を持したように登場した。

他者から魂を奪い、魔族に生まれ変わらせる異能力を持つ。

●セルディム=マグス=ファナム

:グラディルの叔父。事情が在って、故郷を離れていたが、久し振りに公国に戻って来た。

体調に不安あり。雄偉な体格をしているが、背丈はグラディルの肩程度。

制御を受け付けない血の力に苦悩し、方策を求めて彷徨っていた。

晩餐会での騒動に、悪意を以て加担したと言明する。

とある組織に在籍していたらしい。

多重人格者?

●サマト

:第三王女付き近衛の一人。姉と妹がいるため、女性の扱いには多少、慣れている。

近衛騎士団の、若手出世頭の一人であり、誰からもやっかまれるような男前だが、凶暴につき。

第2話で、少年二人の前で膝を折ったのはこの人。

侍女頭には負けるものの、第三王女と(心情的に)近しい関係を築いている。

●サティス

:魔族。獣魔遣いの一人。

魔族ではゼルガティスに好意的な方だったが、生真面目な部分もある。

黒幕にはなれないタイプ。


では、何故、離反するような真似に出たのか……?

●ゼルガティス

:魔王を名乗る魔族。本拠は海の向こうの大陸に在る。

青年然とした暴れんぼ将軍系?

往生際の悪い所があるようだ。

●ラジアム=グリディエル

:騎士団所属の騎士。

元傭兵であり、騎士の中では柄が悪く、王家にも騎士道にも夢を見ていない。

一見、がさつに思われがちだが、人品・技量共に確かなものがある。

中堅どころ。

???

:謎。魔王ゼルガティスに悪意を向けている。


●フィルグリム=ソラス=セルゲート

:ラファルドの弟。もしかしなくても、利発。

神祇としても優秀であり、将来の為に、今から不自由な生活を強いられている。

ちなみに、「兄上」が指す相手はラファルド一人だけ。他の兄を呼ぶときは、「○○兄上」のように、名前が入る。

成長期はこれから。


●レテビル=スラウフェン

:フィルグリムの補佐と監督を兼務する青年。

グラディルが目を付けたように、武芸に長けている強面。

主人のことは大事に思っているが、感情として発露することは稀。

一度は、ラファルドのお付きになる予定が在った。

●大使

:晩餐会に招待された異邦からの客人。

セレナスのことを気に入っている。

実は、とある人物の変装だった。


●魔族

:突然、晩餐会に乱入してきた。

ドルゴラン=セグムノフを名乗っている。

戦闘の最中、怪物へと変貌した。

さらには魔人へと脱皮し、猛威を振るはずだったが――。

主の意志に従い、戦場から退場する。元人間。

ある人物の影武者をしていた(主命)。


●ドルゴラン=セグムノフ

:最初は魔族を影武者にして、正体を偽っていた。

正体は……どうも、声とは違っているらしい。

そして、公国王室の縁戚だという事実も発覚。

恐るべし、公国の良心! である。

実は少女だった。


●フォルセナルド

:魔族。「依頼人」の名前。

先代魔王の血を引いており、人間風に言うならば王族に相当する。

ただ、仲間内での評価は、鼻っ柱だけ、と辛目。

魔王ゼルガティスの事は登場からよく思っていない。

身内にはやや甘いところもあるが、敵対する者には基本的に非情。

●ディムガルダ=セルゲート

:ラファルド達兄弟の父親。セルゲート家先代当主。

先代国王の治世から公国に仕えている、筋金入りの仕事人。

穏やかで鷹揚な気性に騙されると、偉いことになることがある。

国王ガルナードが常に一目を置く、公国最”恐”の人物であることは忘れられてはならない事実なのだが、

結構な頻度と確率で忘れら去られる、恐るべき人柄の持ち主。


●クラウヴィル=ファランド

:クリスファルト=セルゲートの仕えたる武士。

勤務中は冷静無私だが、非番中は喜怒哀楽が豊か。

クリスファルトにとっては、気の置けない友人でもある。

●白い竜

:突如として城下に出現した、白い体躯の巨大な竜。

その正体はセルディム=マグス=ファナムだった。


●ジェナイディン

:ゼルガティスの国で、執事の役割を務めていた高位魔族の一人。

主であるはずの魔王に謀反を仕掛けた。


●半裸の男

:???


●貴様

:半裸の男とは相容れぬものながら、対になる存在。とある事情から、この世界においては姿形が無い。

●それ

:セレナスの窮地を救った何か。転移符の首飾りを持ち去ったのは対価……というか、辻褄合わせの為。

その正体は……爆笑で神様とラファルドの間に割り込んだ何かであり、神前の魔。

神前に構える魔は補佐であり、守りであり、牙で在るもの。背後に在るのが宝であれば、神器レベルの逸品の守護者。だが、背後に「神」を戴くその時は――最凶最悪の寓意として、恐るべき本性を備え、現すことになる。

なぜならば、神聖の極点である「神」が魔を従える――それは、”世”の事象全てを司り、制する「万象の王」の顔を現すからだ。


●青年

:その正体は謎……、とか言うまでもない。神様。

ただし、セルゲート家が伝える”神様”とは、別の存在であるらしい。


●イーデンナグノ=ソルド=ファラガンオルド

:”亜”世界でグラディルを待ち受けていたもの。自称している通り、〈混沌〉を肉親に持つ極めて稀有な竜種。竜であることを自他共に任ずるが、その正体は「竜」という括りからも遠くかけ離れており、竜でありながら、如何なる竜のカテゴリーにも属さない。力有る神々をして、悪夢の存在と言わしめる〈古代種〉の「竜王」。その最強(最凶)をして、”化け物”と畏怖させる実力を持つ、という。


●イーデガン=ファラグノルド

:古文書に時折名前が出て来る伝説の竜神。〈光炎神竜〉の二つ名が特に名高い。

しかし、実在を確かめた人間は存在しない為、御伽噺の住人だという声が強い。

ただし、世界にまつわる秘密を知るようになると、その存在を疑う者はいなくなるのだとか。


●白双

:双頭の白竜、そこから来た異名。ただし、二つの頭を持つ竜王はそう多くない。

〈古代種〉に数頭存在する程度、らしい。

グラディルの前に現れた白双は事情が在って、本来の姿からはかけ離れた状態にある。

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