第51話◆犬と猿と百合(3)

文字数 2,016文字

金を基調にして、(あざ)やかな色調の緑柱石をあしらったティアラを頭に(かざ)り、百合(ゆり)(かたど)った刺繍(ししゅう)がうっすらと()かび上がる(あわ)いピンクのドレスを(まと)うことで、清楚(せいそ)可憐(かれん)の二文字を(にお)い立つように際立(きわだ)たせていた。

(おう)、女子にもこなせるメニューなら、男子でも問(だい)が無いだろうという気遣(きづか)いである。
ただし、グラディルの勇者試験に(あて)がわれたレッドブレードベアを狩って来たのはセレナス、という事実は(わす)れられてはならないのだが。

「――えっ!? 殿下――!」

ラファルドはすかさず、直立不動の姿勢(しせい)を取った。

「――げっ(出やがったな……)!!

グラディルは嫌々(いやいや)、直立不動の姿勢になる。

二人が番(ぺい)真似(まね)事をしていたのは、正門と()べる正()の出入り口。
それとは(べつ)に、勝手口とでも言うべき、地味で小さな出入口が在る事を事前に説明されながら、失(ねん)していたが(ゆえ)の失態だった。

「……ふふふ……。猿の耳でも、引っ()れば千切(ちぎ)れるのでしょうか? (わたくし)、急に(ため)してみたくなりましたわ!」

セレナスは、清楚なのに不(おん)な気配が(ほの)かに(ただよ)う笑顔を見せる。

手が動こうとする気配を感じるや(いな)や、グラディルはすかさず距離(きょり)を取り、あろうことか、主人であるはずの王女に(やり)(かま)えた。

「ざっけんな! (おれ)様の耳は()えが()かない、デリケートな(ちょう)貴重(きちょう)品なんだよ! 何処(どこ)ぞの名前負け殿下のがさつな指でさわっちゃあ、なんねえ代物(しろもの)でいっ!!

セレナスは大変白々(しらじら)しく(おどろ)いて見せた。

「まあ……! では、()()でも、試してみませんとね!」

()(たた)んだ(おうぎ)をラファルドに()げ渡す。
グラディルも槍と(たて)壁際(かべぎわ)(ほう)り、(けん)を置いた。

「あ、あの! ちょっと――!!

ラファルドの悲鳴(ひめい)のような(せい)止を合図に、王女(正(そう))とお付き(グラディル:近衛(このえ)兵服ver.)の(わん)相撲(ずもう)は火(ぶた)を切ったのである。


互角(ごかく)……! 腕力勝負で互角って――! ……何で、白百合なんて渾名(あだな)が付いたんだか……。これじゃあ、ラディじゃなくたって、名前負けだと思うけどなあ)

(きょう)中は一(つぶ)(こぼ)さなかったはずだった。

しかし。

「そこの、不躾(ぶしつけ)さん2号!」

「えっ!?

乙女(おとめ)心について、教(じゅ)する必要が有りそうなこと――、考えてますでしょう?」

ラファルドの心(ぞう)がドキリ、と()ねる。

互角の勝負を(えん)じながらも、(すず)やかな顔は王女の方で、見た目からして圧倒(あっとう)的に有利だと思われたグラディルの方が(ひたい)(あせ)していた。
おまけに、兵装よりもドレスの方が、圧倒的に荒事(あらごと)に向いていない。
だというのに、王女のドレスは悲鳴を上げる気配すら見せていないのだった。

ラファルドは危険(きけん)な思考は即座(そくざ)格納(かくのう)した。

「――、……まあ、(きん)肉ダルマと互角の(たくま)しさ(ほこ)る白百合、は(めずら)しいと思いますが……」

思考を格納したが為に生まれた(タイムラグ)が、唯一(ゆいいつ)の不安要()である。

セレナスはため息を見せつけた。

「……()直なのは結構(けっこう)ですけれど――」

!! こっんのぉおおおー!!

ラファルドに意(しき)()いた(しゅん)間を勝()と見たのか、(たん)に、話せるくらいの余裕(よゆう)(しゃく)だったのか。
グラディルが勝負をかけた。

「む。(読みは中々。ですが)生意気ですわよ! お(さる)はお猿らしく――」

セレナスは押し(つぶ)されるように(たお)()み――しかし、その(いきお)いを利用して――、グラディルを地面から引っこ()くように投げ飛ばした。

!? なっ、こ、――ぐげっぅ!!!」

背中から壁に激突(げきとつ)し、頭から(ゆか)に落ちた。

「ラディ!?

「多少、痛いだけですわ。手加(げん)はしましたから。ただし、(くび)を変な方向に(ひね)ったりなさらないでね?」

台詞(せりふ)の後半は、グラディルへの聞えよがしの嫌味(いやみ)(ギブアップと引き()えに助けてやるという)だった。のだが。

「――殿下?」

ラファルドの無表情に、セレナスの心臓が小さく跳ねた。

「大丈夫(じょうぶ)ですわ! お父様が教(べん)()るぐらいの玉ですもの!!

「……ったりめえだ! 勝手に俺を(ころ)すんじゃねえよ!!

なぜか、二人から集中砲火(ほうか)()びる形になり、ラファルドは珍しくも(へそ)()げた。

(し・ん)(ぱ・い)

「……へえ……、そんな(しゅ)勝な機能が付いてたなんてな!?

「む!」

ラファルドとしては、流石(さすが)に心外である。
グラディルの()段が普段なので、小言(こごと)()情が即座に口をついて出る自(かく)は在るのだが。

今度は、ラファルドとグラディルが正面から視線(しせん)(たたか)わせ合った。

「――けっ!」

グラディルがひねて視線を(はず)すと、逆立(さかだ)懸垂(けんすい)を始めるように、(うで)身体(からだ)を持ち上げる。
何でもないように立ち姿勢に(もど)ると、(かた)と首周りの()りを(ほぐ)し始めた。

(がん)丈さは、一人前ですのね……」

「ああん?!

第二ラウンド開始のゴングが()る前に、ラファルドはグラディルの視線を(さえぎ)って扇を返(きゃく)する。
表立って、どちらの肩も持てない分、仲裁(ちゅうさい)が面(どう)(くさ)いのと、不倶(ふぐ)戴天(たいてん)(てき)同士というわけでもないので、話を()らした方が(けん)明な対(しょ)になるはずだった。

「殿下。お(たず)ねしますが、これはどういう意図があってのことでしょう?」

昨日までとは(ちが)う制服を()まんで、用(けん)を強調する。
お試し期間なのに制服の新調とは、身の(たけ)に合わない話なのだった。
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登場人物紹介

登場人物を紹介していきます――のコーナーなのですが、

作者にちょっと暇と余裕がないので、とりあえず、名前がメインになります。


申し訳ありません!


基本的には短編集の時と同じように、適宜かつ随時、継ぎ足していく予定です。

よろしくお願いします!

●グラディル=トラス=ファナン

:勇者を志す、軍学校所属の少年。10代の少年としては大柄で、筋骨逞しい外見の持ち主。

父親は公国の公認を得ていた先代勇者。恵まれた身体能力、回復能力を持つ。

市井の、貧しい方に入る家庭の出。

竜の血と呼ばれる異能を継いでいる。

自分の父親のせいで、ラファルドの父親が異能を喪失したことを、ずっと気に病んでいた。

〈竜気〉の使い手。


●グレゴール

:勇者試験参加者を統率する、軍学校の教官。グラディル達のクラス担任でもある。

生意気盛りの生徒たちから一目を置かれる程度には凶暴。

●ラドルフ

:軍学校在籍の少年。グラディルの級友。背丈は同程度だが、身体の厚みではややグラディルに劣る。

冷静な言動を好む。勇者試験に参加している。


●ヴァッセン

:軍学校在籍の少年。グラディルの級友で、悪ガキ仲間。中肉中背。

就職に有利になるかと考えて軍学校の門を叩いたが、軍人としての将来は考えていない。

勇者試験の参加は見送った。三人で一番現実的。

●ラファルド=ルヴァル=セルゲート

:王立大学付属の高等学校に通う少年。中肉中背。グラディルと腐れ縁の古馴染み兼監督役。

学生寮で一人暮らしをしている。

異能の血族の一人にして、神祇の一人。大人顔負けの才覚を持ち、発揮する。

その影響なのか、反動なのか。必要以上に大人びた、可愛気に欠ける言動が目立つことも。

国王と親戚付き合いをする(父親の縁)けったいな家の出。

年々、異能が衰えていることを、グラディルに黙っていた。

●ガルナード=アストアル

:セレル=アストリア公国国王。ちょっとお茶目な働き盛り。

趣味はこっそり宮殿を抜け出すこと、強者との勝負。

国王の重責を理解してはいるが、同時に辟易している部分がある。

もしかしなくても、娘馬鹿。公国最強の武人としても有名。

大人気ないこともあるが、それすらも確信犯である時が多い。

親友の息子の一人であるラファルドは可愛気に欠けることが多い(割と危なっかしい)

「甥っ子」みたいなもの。


●ミラルダ=マインズ

:第三王女に仕える王宮の古強者の一人。肝っ玉おっかさん。

主人のお転婆が少々悩みの種。幼馴染の紹介で王宮で働くようになった。

庶民出の出世頭として、割と有名な人。


●アスカルド

:近衛騎士団長を務める男盛り。近衛最強だが国王には及ばず。

第三王女の素行の被害を(立場上)一番よく被る人。

取り潰しに遭った、とある貴族の家の出身だが、家に興味は無い。


●シュヴァルト=アインズ=グレスケール

:辣腕で名高い公国宰相。元々は王族の家系。

娘を国王に近づけ、さらに実権を握ろうと画策中。

才色兼備のロマンスグレーだが、国王にはしてやられることが多い。

昔の恋を今も引きずっている……らしい。


●クリスファルト=ダグム=セルゲート

:ラファルドの兄。少年時代はやんちゃだったが、今は生真面目のきらいあり。

爆走を辞さない弟たちに振り回される運命……なのか?

政治感覚に優れているが、神祇としての序列は高くない。

●セレナス=アストアクル

:公国の第三王女。市井では「白百合姫」と評判を取る美少女。

しかし、その正体は……。

孤独を負いつつも、快活な少女だが、何故かグラディルには当たりがきつい。

思わぬことから、魔王の見合い相手に選ばれていたことを知ることになった。

グラディルが羨ましい……らしい。

傍目には、結構残念に思えるところが在る。

●ラシェライル=ヘディン

:グラディルの幼馴染の少女。美人。

グラディルよりも遥かに早くから、かつ長く、王宮に勤めている。

しっかり者。粒は小さいが、上等な紅玉をお守りとして持っている。

●男

:裏町で一定の悪党をまとめ上げる人物。

下町ではそれなりの大物と思われているが、裏社会では下っ端階級の中間管理職。

鼻が利くことと、人を見る目の確かさが取り柄。

今回は面子が邪魔して、裏目に出た。


●依頼人

:仮面をつけた余所者。悪意を以て謀(はかりごと)を為そうとしているようだが。

男に看破されているように、悪党のことは一欠片も信用していない。

魔王征伐を企んでいるらしい。

公国主催の晩餐会に満を持したように登場した。

他者から魂を奪い、魔族に生まれ変わらせる異能力を持つ。

●セルディム=マグス=ファナム

:グラディルの叔父。事情が在って、故郷を離れていたが、久し振りに公国に戻って来た。

体調に不安あり。雄偉な体格をしているが、背丈はグラディルの肩程度。

制御を受け付けない血の力に苦悩し、方策を求めて彷徨っていた。

晩餐会での騒動に、悪意を以て加担したと言明する。

とある組織に在籍していたらしい。

多重人格者?

●サマト

:第三王女付き近衛の一人。姉と妹がいるため、女性の扱いには多少、慣れている。

近衛騎士団の、若手出世頭の一人であり、誰からもやっかまれるような男前だが、凶暴につき。

第2話で、少年二人の前で膝を折ったのはこの人。

侍女頭には負けるものの、第三王女と(心情的に)近しい関係を築いている。

●サティス

:魔族。獣魔遣いの一人。

魔族ではゼルガティスに好意的な方だったが、生真面目な部分もある。

黒幕にはなれないタイプ。


では、何故、離反するような真似に出たのか……?

●ゼルガティス

:魔王を名乗る魔族。本拠は海の向こうの大陸に在る。

青年然とした暴れんぼ将軍系?

往生際の悪い所があるようだ。

●ラジアム=グリディエル

:騎士団所属の騎士。

元傭兵であり、騎士の中では柄が悪く、王家にも騎士道にも夢を見ていない。

一見、がさつに思われがちだが、人品・技量共に確かなものがある。

中堅どころ。

???

:謎。魔王ゼルガティスに悪意を向けている。


●フィルグリム=ソラス=セルゲート

:ラファルドの弟。もしかしなくても、利発。

神祇としても優秀であり、将来の為に、今から不自由な生活を強いられている。

ちなみに、「兄上」が指す相手はラファルド一人だけ。他の兄を呼ぶときは、「○○兄上」のように、名前が入る。

成長期はこれから。


●レテビル=スラウフェン

:フィルグリムの補佐と監督を兼務する青年。

グラディルが目を付けたように、武芸に長けている強面。

主人のことは大事に思っているが、感情として発露することは稀。

一度は、ラファルドのお付きになる予定が在った。

●大使

:晩餐会に招待された異邦からの客人。

セレナスのことを気に入っている。

実は、とある人物の変装だった。


●魔族

:突然、晩餐会に乱入してきた。

ドルゴラン=セグムノフを名乗っている。

戦闘の最中、怪物へと変貌した。

さらには魔人へと脱皮し、猛威を振るはずだったが――。

主の意志に従い、戦場から退場する。元人間。

ある人物の影武者をしていた(主命)。


●ドルゴラン=セグムノフ

:最初は魔族を影武者にして、正体を偽っていた。

正体は……どうも、声とは違っているらしい。

そして、公国王室の縁戚だという事実も発覚。

恐るべし、公国の良心! である。

実は少女だった。


●フォルセナルド

:魔族。「依頼人」の名前。

先代魔王の血を引いており、人間風に言うならば王族に相当する。

ただ、仲間内での評価は、鼻っ柱だけ、と辛目。

魔王ゼルガティスの事は登場からよく思っていない。

身内にはやや甘いところもあるが、敵対する者には基本的に非情。

●ディムガルダ=セルゲート

:ラファルド達兄弟の父親。セルゲート家先代当主。

先代国王の治世から公国に仕えている、筋金入りの仕事人。

穏やかで鷹揚な気性に騙されると、偉いことになることがある。

国王ガルナードが常に一目を置く、公国最”恐”の人物であることは忘れられてはならない事実なのだが、

結構な頻度と確率で忘れら去られる、恐るべき人柄の持ち主。


●クラウヴィル=ファランド

:クリスファルト=セルゲートの仕えたる武士。

勤務中は冷静無私だが、非番中は喜怒哀楽が豊か。

クリスファルトにとっては、気の置けない友人でもある。

●白い竜

:突如として城下に出現した、白い体躯の巨大な竜。

その正体はセルディム=マグス=ファナムだった。


●ジェナイディン

:ゼルガティスの国で、執事の役割を務めていた高位魔族の一人。

主であるはずの魔王に謀反を仕掛けた。


●半裸の男

:???


●貴様

:半裸の男とは相容れぬものながら、対になる存在。とある事情から、この世界においては姿形が無い。

●それ

:セレナスの窮地を救った何か。転移符の首飾りを持ち去ったのは対価……というか、辻褄合わせの為。

その正体は……爆笑で神様とラファルドの間に割り込んだ何かであり、神前の魔。

神前に構える魔は補佐であり、守りであり、牙で在るもの。背後に在るのが宝であれば、神器レベルの逸品の守護者。だが、背後に「神」を戴くその時は――最凶最悪の寓意として、恐るべき本性を備え、現すことになる。

なぜならば、神聖の極点である「神」が魔を従える――それは、”世”の事象全てを司り、制する「万象の王」の顔を現すからだ。


●青年

:その正体は謎……、とか言うまでもない。神様。

ただし、セルゲート家が伝える”神様”とは、別の存在であるらしい。


●イーデンナグノ=ソルド=ファラガンオルド

:”亜”世界でグラディルを待ち受けていたもの。自称している通り、〈混沌〉を肉親に持つ極めて稀有な竜種。竜であることを自他共に任ずるが、その正体は「竜」という括りからも遠くかけ離れており、竜でありながら、如何なる竜のカテゴリーにも属さない。力有る神々をして、悪夢の存在と言わしめる〈古代種〉の「竜王」。その最強(最凶)をして、”化け物”と畏怖させる実力を持つ、という。


●イーデガン=ファラグノルド

:古文書に時折名前が出て来る伝説の竜神。〈光炎神竜〉の二つ名が特に名高い。

しかし、実在を確かめた人間は存在しない為、御伽噺の住人だという声が強い。

ただし、世界にまつわる秘密を知るようになると、その存在を疑う者はいなくなるのだとか。


●白双

:双頭の白竜、そこから来た異名。ただし、二つの頭を持つ竜王はそう多くない。

〈古代種〉に数頭存在する程度、らしい。

グラディルの前に現れた白双は事情が在って、本来の姿からはかけ離れた状態にある。

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