第15話◆忍び寄るもの・・・改
文字数 3,813文字
怪物はグラディルとセレナスに任せ、ラファルドは
「……姫、様と――、彼を……」
意識の有無を確かめる為だったが、割としっかり握り返してくる。
早速、「診察」を始めた。
(大きな怪我……でも、深刻ではなさそう……?)
慎重な対処が必要になる難しい怪我は無いと判断して、治療を始めた。
「…………」
術が掌に生む
打撲傷の消失を確かめながら、妙なものに気が付いた。
(……何? この感じ――深い傷、ってこと――? 妙に小さいけど)
意識を向けると、治療を
一旦、診察を破
そして、〈透視〉で診察中に見た異象の正体を探ってみた。
(あった! ……針? 違う。これ――)
先程、グラディルの
それが、近衛騎士の腕に刺さっている。
(
念の為、〈透視〉も解いて、腕の装甲を確認した。
(まさか、貫通してる――!? だったら、よく生きてたねってことに)
装甲に突き立つ細長い突起。
ラファルドは即座に〈結界〉に突き刺さっていた物を連想する。
(さっさと抜いておこう。それと、あれは本格的に人間を辞めてるってことか――)
背後で続く格闘戦に一瞬だけ気を
不可視の力で細長い獣毛を
けれど、途端に燃え尽きて灰になった。
「またか……」
(うん、もう何ともない。嫌なイメージも消えてるし。これなら、すぐに)
騎士の言葉は段々と明瞭になっていく。
「彼、は――姫様と、私、を庇って――」
(……まあ、怪我をしたんだよね。『壁』って、自分で言ってたし。でも、武装していてこれ、ってことは――、……学習してるといいんだけどなあ……)
ラファルドは無表情に青筋を追加した。
グラディルはタフで頑丈だ。軍人の卵として、日々
回復の速さは異常と言ってしまってもいいレベルにある。
だから、
それは、恵まれた資質だ。
グラディルが目指しているものを思えば、必須だと言えるのかもしれない。
けれど、無償ではない。
尻拭いを
(
治療の為に宛がわれていた手が弾かれた。
「――!!」
突然、近衛騎士が
「!! (何、今の――!? ちらりと見えたけど……犬歯じゃない! 牙だ!!) ……まさか」
勝手に立ち上がろうとした近衛騎士に〈緊縛〉を食らわせて押し倒すと、確信を得る為に鎧の隙間から覗く地肌にわざと傷をつけた。
「――――」
消えた。
傷が、
「やっぱり……(つまり、あの怪物は――)!!」
冷たい汗がラファルドの背を伝った。
「くわぁあーっ、何なんだよ、こいつ!」
「……、無駄口を
「馬鹿野郎! 戦局は氷か
「猪突猛進がとり得のくせして! ……生意気ですっ!!」
「だぁれが、猪武者だっ!!」
無駄口を叩き合う合間にも機動力を駆使したかく乱を仕掛け、背後を取った者が突撃、新しく背後が生まれたら残されていた一人が突撃、……を断続的に繰り返すヒット&アウェイを展開していた。
決着を焦らないのは、ラファルドの完了報告を待っているからだ。
怪物の回復能力が異常なほど強力で、筋力に基盤を置く単純な火力勝負で決着を
〈氷槍〉による凍傷が
つい数手前までなら、敵の攻撃一回につき、二人がかりで数セットの連続攻撃を叩きこめた。
だが今は、一回反撃しただけで、即座に退避しなければならない。
確実(かつ安全な)な決着を
それを担えるのはラファルドしかいない。
正確に言えば、ラファルド以外の援護の担い手は望めないのだ。
この戦場は、隔離されている。
ラファルドが巡らした〈結界〉で、自由な人員の出入は不可能になっている。
つまり、余分な被害が出る心配も、心強い増援が到着する見込みも、無い。
そうでなければ、騎士団が王女の(を戦場から離脱させる)為に人材を送り込んでくる。
護るべき者――この場合は王女セレナス、を護り切れれば、多少の
それが騎士団の戦い方だ。
(また、隙が減りましたわね……!)
さっきまでは敵の反撃は
そして、反撃を狙ったグラディルが拳の打ち下ろしで迎撃されてしまった。
二人がかりで互角、になるのは時間の問題だった。
「っ、しゃああっ!!」
グラディルの会心の攻撃で、腕が粉々に
だが。
「マジか――!?」
瞬き一つの間で復元されてしまった。
そして、反撃は視認するのも困難な速度を伴っていた。
(ヤベえぞ。馬鹿王女を庇いながら――も、もうすぐ限界だ)
グラディルが重点的に
それが無意味になりつつあった。
どちらが怪物に攻撃を仕掛けても、反撃は二人一辺に届く。
けれど、まだ
地道に徹して積み重ねて来た戦術が負ける――苦い、などでは済まされない
「――ちっ!」
より強く気を引く為に深く踏み込んだ分、離脱が遅れる。
「ぐっ!!」
防御を粉々にする衝撃に耐え、背中と壁の激突を
追撃に来ると踏んでいた怪物は、しかし、セレナスを
(んなろ――!!)
癪だ。セレナスの方を鬱陶しがっているのが癪だ。
だが、
(最悪は、
さもなければ、二人まとめて怪物に
どちらを選ぶかと言われれば――。
「しゃあああっ!!」
左
退避の為の煙幕は付け根から破壊してやった怪物自身の腕。
「――――!!」
舐めていた
首尾よく弾除けに復帰できた此処が見極め時だった。
体力は在る。
気力はもたせられる。
ただ、呼吸が追いつかない。
強化されていく一方の怪物の身体能力と戦闘能力に負けない為、無理と無茶を重ね続けて生まれた負荷が重くなり過ぎていた。
(……どうすっかなあ……)
ちらり、と視線をラファルドに走らせる。
治療に専念しているのだろう、振り返りもしなければ、気づく気配もない。
決断は――。
「ラディ、殿下」
待ちかねていた声が届いた。
直後、怪物が一瞬で氷
「ファル!」
「ラファルド様!!」
『
けれど、ラファルドは
「申し訳ありませんが、作戦変更です」
「――ああ?」
不満を隠そうともせずに掴みかかって来るグラディルに、ラファルド(不可視の)とセレナス(実体の)で肘鉄を入れた。
「……ぐっ、てめっ!」
二人
ラファルドに向けられたセレナスの表情は怖いくらいに真剣だった。
「どういう意味でしょう?」
「感染することが確認されました」
「え?」
「あの怪物に傷を負わされた者は、いずれ、ああなる――ということです」
「!!」
グラディルとセレナスの驚愕が、氷漬けの怪物に
「……そんな――、では、サマトは――!?」
「今なら間に合います。ですから――」
「でしたら、最初から! 助ける為に、作戦の変更が必要だ! と!!」
言い争っている時間こそが
「……、失礼致しました! ラディ?」
「――――、! おう!!」
何に気を取られていたのか、返答が一瞬、遅れた。
(やっぱり、ね)
サマトという名の近衛騎士で確認した通りの事態が、グラディルの中でも進行しているらしい。
自己嫌悪を
どうやら、外側でも妙な事象が発生し始めているようだ。
(原因は恐らく、『盛大なドッカン』だね。今ならまだ間に合わせられる。けど……使い捨てにしても、派手で大胆過ぎだ。殿下の
治療と戦闘にだけ専念できなくなった現状に、ラファルドは胸中で眉を