第57話◆待ち人は
文字数 2,749文字
「何と――!」
純金を地金に、色鮮やかな宝石をあしらった宝冠。雪のように白く柔らかな絨毛と、真紅に染め上げた絹の対比が鮮やかな外套。目を宝石で象嵌された金と銀の蛇が絡み合う王笏を片手に、腰には愛用の剣を佩き、悠然と阻むもの無き道を歩む。
(……凄え……!! あれが国王の正装……!?)
圧倒的な覇気を纏い、恐怖にも似た近づきがたさと、それでも心を捉えて離さない不可思議な魅力とを漂わせる。
気づいたら最後、とでも言うように、片っ端から視線を、言葉を、心を奪っていく国王。
(礼装。今日の為の一張羅だよ。後、王妃様を伴われてないから、巡回の途中かな)
(どう違うんだよ?)
(正装は限られた状況でしか着ないんだよね。戴冠、譲位、御成婚――最初の一回だけね、軍の出陣式と……最後が自身の葬式。それ以外では、全部TPOに応じた服装規定通りにしないと駄目なんだって)
(…………面倒臭くね? 凄えけど)
(だよね。凄く嫌がってた。面倒臭過ぎる! って。「服を着る」ってことでは一番窮屈で、不自由かもね。神祇でも、祭儀以外は服装規定なんて無いし)
(ふうん。後、巡回って何?)
(お客様用サービスタイム……かな。王家の主催なら、誰だって期待するしね。尊顔を拝せるかもって。お一人なのは、王妃様と手分けして――ってことだから)
王宮の一角を貸し切りにする晩餐会には、会場が複数存在する。
一つの広間だけでは、客人を収めきれないことと、王宮における立場や社会上の身分に応じた配慮を兼ねた結果である。
星黎の間……基本、国王が常駐し、王子様方が応接役として動き回る、一番格式の高い広間。
(王家とその関係者、国外からの賓客(王家に所縁がある)、王宮に勤務する人達が集まってるね。晩餐会そのものの進行もやるよ)
(ふむふむ)
蒼昂の間……国内の有力な貴族たちが集まる、限りなく実務に近い歓待の場。国王の幕閣として官位を賜る貴族が取り仕切る。
(貴族全般と、軍とその関係者がそこ。後、国外からの賓客(貴族に所縁がある)も来るかな。なまじ文武の官が揃うもんだから、普段の延長になりがちで、一番色気に欠けるかな)
(へえ……。ま、どうでもいいけど)
(そう? 来たことあるでしょ? 正装した陛下の肖像画が飾ってある部屋だよ?)
(え――?! ……ああ! あの、やたらとどでかい絵が在る?)
(そ)
(5年前位に一回、親父と行ったっきりだなあ……)
(陛下の御生誕祭とかで、一般に公開される頻度が高い広間だけど、一回きり?)
(おう。代わりに、ってわけじゃねーけど、結構な頻度でお前の世話になってるからな)
(…………そうでしたっけ、そういえば)
桜蘭の間……セレナスを初めとする王女様方が陣取る広間。ラファルドとグラディルの現在地。主に迎賓を用途とするが、功績を挙げた軍人、文化人、官僚、市民を表彰する時にも使われる。
(後は、御成婚○周年記念とか、王子様王女様の生誕祭、とかも此処でやるよ。主賓級が集まる三つの大広間以外にもまだいくつも会場が在るし、手分けしてやった方が効率的なのは当然かな)
(……ちなみに、勇者の公認を得る時は――?)
(星黎の間だね。勇者が公人として、市井の人々と交流する時は此処だけど)
(へえ……)
(……勝手に見に行ったりしないこと。まあ、騎士団の人材が常駐しているから、無断侵入とかは出来ないけどね)
(だったら、釘刺さなくたっていーだろ!)
(駄目。この前、陛下の私室に進入した世間知らず様が出たんだってね?)
(…………何が悪いんだよ)
(或る日突然消息不明になって、或る日唐突に身元不明として御堀に浮かぶ。そんな運命が嫌なら、知られちゃいけませんよ? って話だから。ちなみに、宰相閣下でも、理性を吹っ飛ばすからね。職分として規定されてるから比較的自由に謁見できるけど、一介の貴族としてなら、話は別。数分の面会を取り付けるのに、手練手管を駆使して、最速で一ヶ月。ってレベルだし。……顔パスがどれだけ凄まじい特例なのか解らない――、って言う?)
(……お、お救け?)
(どうすればいいかは、もう解ってるでしょ?)
(…………けっ。んなだから、「陰険神祇」とか、陰口叩かれるんだろうに――)
(余計なお世話様! ……んん? 陰険――何だって?!)
(さあねえ……。空耳じゃねえかな?)
(………)
などとやり合っている内に、国王がセレナスの所に到着し、大使を交えた会話が始まった。
「おお、陛下! 御招き頂いただけでも恐悦至極。ばかりか、尊顔を拝する光栄までも賜ろうとは!!」
「サーマリウス殿。如何かな? 遠路はるばる足労頂いた異郷の城は。一つでも見所が在れば、嬉しいものだが?」
「いやはや、いやはや、見逸れておりました! その……、政を担う者の悪癖とでも申しましょうか、とかく、自国を世界の中心と考えてしまうものです。ですから、望外の喜び――幸福とでも申しましょうか! そのような物に出会いますと、余分に目から鱗が落ちるものでして。噂に違わぬ、セレナス殿下の清楚可憐な美しさと来たら……!!」
「まあ、大使様。過分なお褒め、気恥しゅう御座いますわ」
「はっはっは! 結構、結構。手折らせるわけには参らぬ所が心苦しいが、今宵の花は眺めて楽しむ物にて。存分に堪能されるがよろしかろう! ……時に、飲食に過不足などは御座いますまいか?」
「おお、おお! もったいないお気遣い、傷み入ります」
(……よう回る舌だなあ……)
何処まで本気か判らない美辞麗句の応酬に、グラディルは呆れ気味だ。
ラファルドも気持ちは解る気がした。
(でも、まだマシな方だよ?)
(…………そうなのか?)
あれよりも上が在るって、どんなだ!? と、グラディルが絶句する。
ラファルドは更に笑いを誘われた。
(多少でも実感が――)
不意に、ラファルドの脳裏に落雷の心象が浮かび上がった。
来たという合図(正確には、予感)だ。
感情が声から抜け落ちる。
(籠っている分、ね)
「?」
ラファルドの変化にグラディルが戸惑ったのも束の間、
「――!!」
背筋に、前兆とも呼べる空気を感じた時の、火花が触れる。
(……来やがったか……! さあて、当たりも当たり、大当たり!! と願いてえもんだ!)
舌を見せぬよう、無表情を守り切るのが意外なくらい大変だった。
「……ほほう、これは中々の慧眼。酒に此処まで煩いと来るのなら――、こちらのステーキなどは如何かな?」
「こほん。陛下、大変申し訳ございませんが、これでも我が国には、食することに多少の拘りが御座いましてな! こと、肉には一家言が御座います」
「ふむ……。どうやら期待できそうだな? さて、サーマリウス殿の眼鏡に適うのは――どれだろうか」
「ふん! 下賤の食に、美味など存在するものか!!」
男の、蔑む声が響いた。
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