第45話◆叔父と甥・・・改
文字数 2,780文字
グラディルの家のような、毎月家計簿と貯蔵庫とをにらめっこして慎重に予定を立てないと足が出てしまいやすい経済レベルの市民。彼らが好んで利用する市場に貧民街に続く街路が在った。
その市場と貧民街を
元々は裕福に暮らせる人々の邸宅が集まっていた区画だったが、昔の戦争で破壊されたまま、復興を
破壊されたとはいえ程度には割と大きな差があり、完全に崩壊した場所は意外なほど少ない。毎日の生活には多々不都合な部分が在っても、
金持ちも貴族もお役所も所有権を主張しないのをいいことに、こっそり、息を
勿論、家屋を修繕できるような経済力には縁が無い人々が殆どである。
そんな年々本当の廃
(
元はかなり位の高い貴族の別宅だったという屋敷を、グラディルは見上げる。
記憶に在る当時から結構ボロかったが、クレムディルは好んで避難所にしていた。
「男なら、一度はこんなデカい家に住んでみたい!!」のだったとか。
間取りを知らなければ幽霊屋敷も同然の廃屋を歩き、敷地を
それが父から教わった合図だった。
「いいぞ、トラス」
住居として機能していた頃には夫婦の寝室だったらしい部屋。
その奥、クローゼットだった
「セルディ叔父さん……!」
互いに駆け寄って、
叔父の名前はセルディム=マグス=ファナムだった。
「久しぶりだ、トラス。……本当に、大きくなった――。
「うん! 元気だよ。……父さんの、消息は……知れないまま、だけど……」
再会を喜ぶ顔から一転、グラディルは表情を暗くして
「…………。
途端に、グラディルが感情を爆発させた。
「
セレル=アストリア公国では、勇者クレムディル=ファナンは死去したとされている。
しかし、実の息子であるグラディルは父の死を認めようとはしなかった。
友人のラファルド、親しい小父である国王でも手に負えないほど意固地になる。
母親は匙を投げているのか「物に当たるのはよしなさい!」と叱る程度だ。当たられて
「……済まない……」
固く目を閉ざすグラディルには、叔父のきつい後悔――自己嫌悪、は届かない。
「あ――、ごめん!」
グラディルが顔を上げた時には、セルディムの後悔は綺麗に折り
「叔父さんを非難しているわけじゃ――」
「……。いや、俺もお前の心情に配慮が
「いいよ、もう。元気で居てくれて、こうしてまた会えたんだし」
グラディルは明るい笑顔をわざと作った。
「母さんだって、叔父さんに会えれば絶対に――」
しかし、セルディムは表情を硬くする。
「叔父さん?」
「……駄目だ。俺は……、会いに行けない」
「どうして?!」
「けりを着けなければならないことが、まだ――有る。それを終わらせなければ……とても」
「…………、それは?」
打ち明けないのは、自分でもまだ整理がついてないのだとグラディルは思った。
しかし、覚悟を決めたように、叔父は甥を見据えたのである。
「お前に聞きたいことがある。あの時、お前と一緒だった少年は?」
突っ込まれるとは解っていた。それでも、ギクリ、となってしまう。
セルディムもクレムディルと同じように貴族にはいい顔をしない。グラディルだって同じだ。
父が国王ガルナードという師を得たようにグラディルもラファルドという悪友を得たが、虫が好かないのは変わっていない。貴族については割と理解がある友人なので、衝突することもまだ割とある。
ただ、手当たり次第に毛嫌いしようとはもう思わない。訳の分からない連中だと思えるようになってきたし。ラファルド曰く、「庶民でも王族でもないし、どちらにもなれないから、
身内である叔父の前で素直さを仕舞いこんだのは、悪友の出自が生み出す波紋が良くも悪くも
「……ラファルド。いい所の坊ちゃんさ。腐れ
突き放すような素っ気無さを、かえってセルディムは不思議に思った。
覚えている限り、かなり仲が良いように見えたのだが。
「どうかした?」
「ん……? ああ、いや。礼を、と思ったからな。かなり
「そういえば……。叔父さん、
「違う! そうではないんだ」
心配顔で詰め寄ろうとする甥を制止し、やんわりと突き放した。
だが、グラディルは納得しない。
「でも、あんな現場見せられたら、誰だって心配するだろ? 発作だったじゃないか!」
「!!」
なぜか、セルディムは驚いたように目を丸くする。
「……発作(そうか。そんな風に見えたのか)……」
自
「いや、(潮時だな)お前ももう知っておくべき、かもしれないな」
「?」
「あの時、あの場所でお前が目撃したのは――いずれ、……いや、そう遠くない
「……叔父さん?」
「良く聞け。俺達、ファナンは元々の姓をファナムという」
「それが?」
それはグラディルも知っていた。
ファナムの姓は父クレムディルが勇者になる前に名乗っていたからだ。
加えて、勇者になると同時に捨てたものでもある。
「ファナンはファナムの名を隠すための物。そして、
その時セルディムの目に宿った光は――間違いなく、狂的な何かを帯びていた。
「俺達は、その身に”竜の血”を宿す一族だ」