第45話◆叔父と甥・・・改

文字数 2,780文字

脱走したセレナスが(もぐ)り込んだ市場(いちば)以外にも複数の市場が設営されていて、王都民は自分の事情に合わせて利用する。
グラディルの家のような、毎月家計簿と貯蔵庫とをにらめっこして慎重に予定を立てないと足が出てしまいやすい経済レベルの市民。彼らが好んで利用する市場に貧民街に続く街路が在った。
その市場と貧民街を(へだ)てる中間地点に、あたかもバリケードのような廃区画がある。
元々は裕福に暮らせる人々の邸宅が集まっていた区画だったが、昔の戦争で破壊されたまま、復興を(こころ)みられることなく放棄されていた。
破壊されたとはいえ程度には割と大きな差があり、完全に崩壊した場所は意外なほど少ない。毎日の生活には多々不都合な部分が在っても、一時(ひととき)雨風を(しの)ぐくらいなら及第点をつけられる。
金持ちも貴族もお役所も所有権を主張しないのをいいことに、こっそり、息を(ひそ)めるように生活する人々が居た。
勿論、家屋を修繕できるような経済力には縁が無い人々が殆どである。
そんな年々本当の廃(きょ)に近づきつつある区画の一隅に、昔、グラディルの父クレムディルと叔父(おじ)のマグスが秘密のアジトとして活用していた空き家(当時)の廃屋(現在)が在った。

此処(ここ)に来るのも、随分(ずいぶん)久しぶりだよなあ……)

元はかなり位の高い貴族の別宅だったという屋敷を、グラディルは見上げる。
記憶に在る当時から結構ボロかったが、クレムディルは好んで避難所にしていた。
「男なら、一度はこんなデカい家に住んでみたい!!」のだったとか。
夫婦喧嘩(ふうふげんか)で家を追放されようとした父をうっかり(かば)って巻き添えを食らい、風雨は凌げても寒さはどうにもならない夜を共に過ごしたことも今はいい思い出である。



間取りを知らなければ幽霊屋敷も同然の廃屋を歩き、敷地を俯瞰(ふかん)出来たなら土地の真ん中に位置することが分かっただろう、奥まった部屋の前で足を止めた。
()ちて、遮蔽(しゃへい)物としての機能を(そこ)なっているのに、扉を(たた)く。
それが父から教わった合図だった。

「いいぞ、トラス」

住居として機能していた頃には夫婦の寝室だったらしい部屋。
その奥、クローゼットだった箪笥(たんす)の陰からマグスが姿を現した。

「セルディ叔父さん……!」

互いに駆け寄って、抱擁(ほうよう)を交わす。
叔父の名前はセルディム=マグス=ファナムだった。

「久しぶりだ、トラス。……本当に、大きくなった――。(みんな)、元気か?」

(おい)っ子の肩を叩いて、(なつ)かしそうに目を細める。

「うん! 元気だよ。……父さんの、消息は……知れないまま、だけど……」

再会を喜ぶ顔から一転、グラディルは表情を暗くして(うつむ)いた。

「…………。(うわさ)で聞いた。遺品が」

途端に、グラディルが感情を爆発させた。

()してくれ! 親父(おやじ)が、死ぬわけないんだ!! 洞窟の崩壊くらいで――! 今の俺の倍以上頑丈で、タフだったんだから――」

セレル=アストリア公国では、勇者クレムディル=ファナンは死去したとされている。
しかし、実の息子であるグラディルは父の死を認めようとはしなかった。
友人のラファルド、親しい小父である国王でも手に負えないほど意固地になる。
母親は匙を投げているのか「物に当たるのはよしなさい!」と叱る程度だ。当たられて()()微塵(みじん)になる物が大概にしてファナン家の貴重な家財だったりするから、でもあるのだが。

「……済まない……」

(たしな)めるでもないセルディムの声には、大事な何かを切り()かれたような陰りが宿っていた。
固く目を閉ざすグラディルには、叔父のきつい後悔――自己嫌悪、は届かない。

「あ――、ごめん!」

グラディルが顔を上げた時には、セルディムの後悔は綺麗に折り(たた)まれていた。

「叔父さんを非難しているわけじゃ――」

(さび)しい微笑(びしょう)がセルディムに浮かんだ。

「……。いや、俺もお前の心情に配慮が()りなかった。許せ」

「いいよ、もう。元気で居てくれて、こうしてまた会えたんだし」

グラディルは明るい笑顔をわざと作った。

「母さんだって、叔父さんに会えれば絶対に――」

しかし、セルディムは表情を硬くする。

「叔父さん?」

「……駄目だ。俺は……、会いに行けない」

「どうして?!

「けりを着けなければならないことが、まだ――有る。それを終わらせなければ……とても」

「…………、それは?」

打ち明けないのは、自分でもまだ整理がついてないのだとグラディルは思った。
しかし、覚悟を決めたように、叔父は甥を見据えたのである。

「お前に聞きたいことがある。あの時、お前と一緒だった少年は?」

突っ込まれるとは解っていた。それでも、ギクリ、となってしまう。
セルディムもクレムディルと同じように貴族にはいい顔をしない。グラディルだって同じだ。
父が国王ガルナードという師を得たようにグラディルもラファルドという悪友を得たが、虫が好かないのは変わっていない。貴族については割と理解がある友人なので、衝突することもまだ割とある。
ただ、手当たり次第に毛嫌いしようとはもう思わない。訳の分からない連中だと思えるようになってきたし。ラファルド曰く、「庶民でも王族でもないし、どちらにもなれないから、(ひね)くれるのが常態になるんだよ。気にするだけ、無駄!」なのだそう。
身内である叔父の前で素直さを仕舞いこんだのは、悪友の出自が生み出す波紋が良くも悪くも破壊(・・)力絶大だからだ。

「……ラファルド。いい所の坊ちゃんさ。腐れ(えん)。一応」

突き放すような素っ気無さを、かえってセルディムは不思議に思った。
覚えている限り、かなり仲が良いように見えたのだが。

「どうかした?」

「ん……? ああ、いや。礼を、と思ったからな。かなり丁寧(ていねい)に面倒を見て(もら)ったし」

「そういえば……。叔父さん、大分(だいぶ)苦しそうだったよな。まさか、身体(からだ)を悪くしているのか?」

「違う! そうではないんだ」

心配顔で詰め寄ろうとする甥を制止し、やんわりと突き放した。
だが、グラディルは納得しない。

「でも、あんな現場見せられたら、誰だって心配するだろ? 発作だったじゃないか!」

!!

なぜか、セルディムは驚いたように目を丸くする。

「……発作(そうか。そんな風に見えたのか)……」

(ちょう)の色が濃い笑みを浮かべ、そして、消した。

「いや、(潮時だな)お前ももう知っておくべき、かもしれないな」

「?」

「あの時、あの場所でお前が目撃したのは――いずれ、……いや、そう遠くない何時(いつ)か。お前の身にも降りかかるものだ」

「……叔父さん?」

「良く聞け。俺達、ファナンは元々の姓をファナムという」

「それが?」

それはグラディルも知っていた。
ファナムの姓は父クレムディルが勇者になる前に名乗っていたからだ。
加えて、勇者になると同時に捨てたものでもある。

「ファナンはファナムの名を隠すための物。そして、()る条件を満たす者だけが取り戻すことを許される。俺達は――」

その時セルディムの目に宿った光は――間違いなく、狂的な何かを帯びていた。

「俺達は、その身に”竜の血”を宿す一族だ」
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登場人物紹介

登場人物を紹介していきます――のコーナーなのですが、

作者にちょっと暇と余裕がないので、とりあえず、名前がメインになります。


申し訳ありません!


基本的には短編集の時と同じように、適宜かつ随時、継ぎ足していく予定です。

よろしくお願いします!

●グラディル=トラス=ファナン

:勇者を志す、軍学校所属の少年。10代の少年としては大柄で、筋骨逞しい外見の持ち主。

父親は公国の公認を得ていた先代勇者。恵まれた身体能力、回復能力を持つ。

市井の、貧しい方に入る家庭の出。

竜の血と呼ばれる異能を継いでいる。

自分の父親のせいで、ラファルドの父親が異能を喪失したことを、ずっと気に病んでいた。

〈竜気〉の使い手。


●グレゴール

:勇者試験参加者を統率する、軍学校の教官。グラディル達のクラス担任でもある。

生意気盛りの生徒たちから一目を置かれる程度には凶暴。

●ラドルフ

:軍学校在籍の少年。グラディルの級友。背丈は同程度だが、身体の厚みではややグラディルに劣る。

冷静な言動を好む。勇者試験に参加している。


●ヴァッセン

:軍学校在籍の少年。グラディルの級友で、悪ガキ仲間。中肉中背。

就職に有利になるかと考えて軍学校の門を叩いたが、軍人としての将来は考えていない。

勇者試験の参加は見送った。三人で一番現実的。

●ラファルド=ルヴァル=セルゲート

:王立大学付属の高等学校に通う少年。中肉中背。グラディルと腐れ縁の古馴染み兼監督役。

学生寮で一人暮らしをしている。

異能の血族の一人にして、神祇の一人。大人顔負けの才覚を持ち、発揮する。

その影響なのか、反動なのか。必要以上に大人びた、可愛気に欠ける言動が目立つことも。

国王と親戚付き合いをする(父親の縁)けったいな家の出。

年々、異能が衰えていることを、グラディルに黙っていた。

●ガルナード=アストアル

:セレル=アストリア公国国王。ちょっとお茶目な働き盛り。

趣味はこっそり宮殿を抜け出すこと、強者との勝負。

国王の重責を理解してはいるが、同時に辟易している部分がある。

もしかしなくても、娘馬鹿。公国最強の武人としても有名。

大人気ないこともあるが、それすらも確信犯である時が多い。

親友の息子の一人であるラファルドは可愛気に欠けることが多い(割と危なっかしい)

「甥っ子」みたいなもの。


●ミラルダ=マインズ

:第三王女に仕える王宮の古強者の一人。肝っ玉おっかさん。

主人のお転婆が少々悩みの種。幼馴染の紹介で王宮で働くようになった。

庶民出の出世頭として、割と有名な人。


●アスカルド

:近衛騎士団長を務める男盛り。近衛最強だが国王には及ばず。

第三王女の素行の被害を(立場上)一番よく被る人。

取り潰しに遭った、とある貴族の家の出身だが、家に興味は無い。


●シュヴァルト=アインズ=グレスケール

:辣腕で名高い公国宰相。元々は王族の家系。

娘を国王に近づけ、さらに実権を握ろうと画策中。

才色兼備のロマンスグレーだが、国王にはしてやられることが多い。

昔の恋を今も引きずっている……らしい。


●クリスファルト=ダグム=セルゲート

:ラファルドの兄。少年時代はやんちゃだったが、今は生真面目のきらいあり。

爆走を辞さない弟たちに振り回される運命……なのか?

政治感覚に優れているが、神祇としての序列は高くない。

●セレナス=アストアクル

:公国の第三王女。市井では「白百合姫」と評判を取る美少女。

しかし、その正体は……。

孤独を負いつつも、快活な少女だが、何故かグラディルには当たりがきつい。

思わぬことから、魔王の見合い相手に選ばれていたことを知ることになった。

グラディルが羨ましい……らしい。

傍目には、結構残念に思えるところが在る。

●ラシェライル=ヘディン

:グラディルの幼馴染の少女。美人。

グラディルよりも遥かに早くから、かつ長く、王宮に勤めている。

しっかり者。粒は小さいが、上等な紅玉をお守りとして持っている。

●男

:裏町で一定の悪党をまとめ上げる人物。

下町ではそれなりの大物と思われているが、裏社会では下っ端階級の中間管理職。

鼻が利くことと、人を見る目の確かさが取り柄。

今回は面子が邪魔して、裏目に出た。


●依頼人

:仮面をつけた余所者。悪意を以て謀(はかりごと)を為そうとしているようだが。

男に看破されているように、悪党のことは一欠片も信用していない。

魔王征伐を企んでいるらしい。

公国主催の晩餐会に満を持したように登場した。

他者から魂を奪い、魔族に生まれ変わらせる異能力を持つ。

●セルディム=マグス=ファナム

:グラディルの叔父。事情が在って、故郷を離れていたが、久し振りに公国に戻って来た。

体調に不安あり。雄偉な体格をしているが、背丈はグラディルの肩程度。

制御を受け付けない血の力に苦悩し、方策を求めて彷徨っていた。

晩餐会での騒動に、悪意を以て加担したと言明する。

とある組織に在籍していたらしい。

多重人格者?

●サマト

:第三王女付き近衛の一人。姉と妹がいるため、女性の扱いには多少、慣れている。

近衛騎士団の、若手出世頭の一人であり、誰からもやっかまれるような男前だが、凶暴につき。

第2話で、少年二人の前で膝を折ったのはこの人。

侍女頭には負けるものの、第三王女と(心情的に)近しい関係を築いている。

●サティス

:魔族。獣魔遣いの一人。

魔族ではゼルガティスに好意的な方だったが、生真面目な部分もある。

黒幕にはなれないタイプ。


では、何故、離反するような真似に出たのか……?

●ゼルガティス

:魔王を名乗る魔族。本拠は海の向こうの大陸に在る。

青年然とした暴れんぼ将軍系?

往生際の悪い所があるようだ。

●ラジアム=グリディエル

:騎士団所属の騎士。

元傭兵であり、騎士の中では柄が悪く、王家にも騎士道にも夢を見ていない。

一見、がさつに思われがちだが、人品・技量共に確かなものがある。

中堅どころ。

???

:謎。魔王ゼルガティスに悪意を向けている。


●フィルグリム=ソラス=セルゲート

:ラファルドの弟。もしかしなくても、利発。

神祇としても優秀であり、将来の為に、今から不自由な生活を強いられている。

ちなみに、「兄上」が指す相手はラファルド一人だけ。他の兄を呼ぶときは、「○○兄上」のように、名前が入る。

成長期はこれから。


●レテビル=スラウフェン

:フィルグリムの補佐と監督を兼務する青年。

グラディルが目を付けたように、武芸に長けている強面。

主人のことは大事に思っているが、感情として発露することは稀。

一度は、ラファルドのお付きになる予定が在った。

●大使

:晩餐会に招待された異邦からの客人。

セレナスのことを気に入っている。

実は、とある人物の変装だった。


●魔族

:突然、晩餐会に乱入してきた。

ドルゴラン=セグムノフを名乗っている。

戦闘の最中、怪物へと変貌した。

さらには魔人へと脱皮し、猛威を振るはずだったが――。

主の意志に従い、戦場から退場する。元人間。

ある人物の影武者をしていた(主命)。


●ドルゴラン=セグムノフ

:最初は魔族を影武者にして、正体を偽っていた。

正体は……どうも、声とは違っているらしい。

そして、公国王室の縁戚だという事実も発覚。

恐るべし、公国の良心! である。

実は少女だった。


●フォルセナルド

:魔族。「依頼人」の名前。

先代魔王の血を引いており、人間風に言うならば王族に相当する。

ただ、仲間内での評価は、鼻っ柱だけ、と辛目。

魔王ゼルガティスの事は登場からよく思っていない。

身内にはやや甘いところもあるが、敵対する者には基本的に非情。

●ディムガルダ=セルゲート

:ラファルド達兄弟の父親。セルゲート家先代当主。

先代国王の治世から公国に仕えている、筋金入りの仕事人。

穏やかで鷹揚な気性に騙されると、偉いことになることがある。

国王ガルナードが常に一目を置く、公国最”恐”の人物であることは忘れられてはならない事実なのだが、

結構な頻度と確率で忘れら去られる、恐るべき人柄の持ち主。


●クラウヴィル=ファランド

:クリスファルト=セルゲートの仕えたる武士。

勤務中は冷静無私だが、非番中は喜怒哀楽が豊か。

クリスファルトにとっては、気の置けない友人でもある。

●白い竜

:突如として城下に出現した、白い体躯の巨大な竜。

その正体はセルディム=マグス=ファナムだった。


●ジェナイディン

:ゼルガティスの国で、執事の役割を務めていた高位魔族の一人。

主であるはずの魔王に謀反を仕掛けた。


●半裸の男

:???


●貴様

:半裸の男とは相容れぬものながら、対になる存在。とある事情から、この世界においては姿形が無い。

●それ

:セレナスの窮地を救った何か。転移符の首飾りを持ち去ったのは対価……というか、辻褄合わせの為。

その正体は……爆笑で神様とラファルドの間に割り込んだ何かであり、神前の魔。

神前に構える魔は補佐であり、守りであり、牙で在るもの。背後に在るのが宝であれば、神器レベルの逸品の守護者。だが、背後に「神」を戴くその時は――最凶最悪の寓意として、恐るべき本性を備え、現すことになる。

なぜならば、神聖の極点である「神」が魔を従える――それは、”世”の事象全てを司り、制する「万象の王」の顔を現すからだ。


●青年

:その正体は謎……、とか言うまでもない。神様。

ただし、セルゲート家が伝える”神様”とは、別の存在であるらしい。


●イーデンナグノ=ソルド=ファラガンオルド

:”亜”世界でグラディルを待ち受けていたもの。自称している通り、〈混沌〉を肉親に持つ極めて稀有な竜種。竜であることを自他共に任ずるが、その正体は「竜」という括りからも遠くかけ離れており、竜でありながら、如何なる竜のカテゴリーにも属さない。力有る神々をして、悪夢の存在と言わしめる〈古代種〉の「竜王」。その最強(最凶)をして、”化け物”と畏怖させる実力を持つ、という。


●イーデガン=ファラグノルド

:古文書に時折名前が出て来る伝説の竜神。〈光炎神竜〉の二つ名が特に名高い。

しかし、実在を確かめた人間は存在しない為、御伽噺の住人だという声が強い。

ただし、世界にまつわる秘密を知るようになると、その存在を疑う者はいなくなるのだとか。


●白双

:双頭の白竜、そこから来た異名。ただし、二つの頭を持つ竜王はそう多くない。

〈古代種〉に数頭存在する程度、らしい。

グラディルの前に現れた白双は事情が在って、本来の姿からはかけ離れた状態にある。

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