第96話◆告白

文字数 7,955文字

「――こほん!」

セレナスの(せき)(ばら)いを受けて、術()の一人が仕方なしに空気を引き()めた。

「古代人の関わる遺跡(いせき)――ならば、魔王陛下が見(うしな)う理由になりますね。公国の特級(とっきゅう)地図に記載(きさい)が無いのも、治安という(かん)点からは仕方がない話です。魔物が出るなら、おいそれと足を(はこ)ばれるのは(こま)り物ですから。ただ――もし、そこが本当に(ぞく)(ねぐら)だったら、という前(てい)ですが、こちらも(そう)応の支度(したく)(ととの)える必要(ひつよう)が出てきました」

「そうだな。古代人の遺(さん)()食う魔物は平(じょう)よりも数段(すうだん)(ごわ)いのが相場だ」

「……面()確保(かくほ)も問(だい)ね。(かず)だけ(そろ)えばいい、ってもんじゃなくなったわ! ……」

話が()定通りの()道に(もど)りセレナスはほっとなる。
その一方で、(きょう)中には()問も(のこ)った。

(魔王の力すら(はじ)く遺跡――それが本当なら、どうして、特級地図の”()け”に? 公国が土地ごと接収(せっしゅう)したとしても、不思()は――)

「しかし、殿下。そのような遺跡の話、何処(どこ)()耳に――?」

サマトが当(ぜん)の疑問を口にする。

「――え? ………それは、その……」

返答するのは(むずか)しくないし、状況(じょうきょう)を思えば、答えることこそが当然。
けれど、直前の失態を(おぼ)えていればこそ、()()れが悪くなった。

「実は――」

セレナスの口から出て来たのは、少なからず意外な人物の名前だった。


「……それで、私の(しん)室に押しかけて来た――と?」

少し(わずら)わし気な表(じょう)で、国王は(むすめ)と御付きの一群を一(べつ)した。
グラディル同様、(てつ)夜で働き(つづ)けた対価として、時()総額(そうがく)でも、(かる)(おく)()えを達成しそうなベッドで、昼間から(いびき)をかいていたのである。

危急(ききゅう)ゆえに作法を省略(しょうりゃく)してしまったことは、お()(もう)し上げます。陛下。何分、陛下の(ひざ)の上で()られていた時に(のぞ)き見ていた書(るい)原因(げんいん)、でして……」

その(かたわ)らでしおらしく()び、気(はず)しさを(ただよ)わせるセレナス。
その同道者たちは、王女の(はい)後で(ひざまず)いて(かしこ)まっていた。……ただ一名を(のぞ)いて。

「……解ったら、とっとと放せってんだ! (くそ)(しょう)っ……!!

(たた)き起こそうとして(周()(せい)止はセレナスが(にぎ)(つぶ)した)国王から反(げき)(もら)い、組み()かれたままのグラディルが(くる)()呼吸(こきゅう)(わめ)く。

糞師匠はむっとした顔で、不甲斐(がい)無い弟子を(にら)みつけた。

「――。道理で、ごつごつした()(ごこ)地の(まくら)だと――。どれ」

「……きゅう……」

国王は締め落としたグラディルを、ベッドから()り出す。
それはセレナスが思う以上に(ざつ)(あつか)いだった。

「…………お父様、(せん)力の(げん)少は(よろこ)ばしくない、と言いますか――」

歯切れが悪くなるのは、国王への()言となるからである。

「ん……? 出()けに叩き起こせ。装備(そうび)なんぞは(はだか)でなけりゃ十分だ!」

しかし、当の国王は歯牙(しが)にもかけない。

そして、落とされたばかりのグラディルがすっくと立ちあがって、()みついた。

「ざっけんな! コラ!! 可愛(かわい)い弟子を何だと思って――」

「……!!

スタミナ自(まん)の騎士達にも、(しっ)神から(びょう)(たん)位で自力復活(ふっかつ)できる者はまずいない。
扱いがぞんざいになる理由を見た気がしたセレナスとその同道者たちだった。

「ちっ……!」

(みん)(さまた)げられた(はら)いせなのか、国王は力ずくで抗議(こうぎ)に来た不(しょう)の弟子を(露骨(ろこつ)(した)打ちをしておきながら)嬉々(きき)として(げい)撃する。

「…………」

(いく)ら何でも気安()ぎると無言で語る、入室以来、跪いたままの騎士たち。
彼らを視線(しせん)と仕草で(なだ)めると、セレナスは顔を(くも)らせた。

「…………お父様?」

「――――」

一撃で(ゆか)(しず)められた弟子を前に、その師は自身の(うん)命をも()かし見る。

「……仕方あるまい……」

思う所はあったが、不()然なほど()真面目(まじめ)な顔を(えら)んだ。

因縁(いんねん)と言えば因縁、なのだろうからな」

「……因縁?」

(だれ)と誰の間に、そんなものが在るというのか。

「――――」

床に沈められたはずの御付きがむくりと起き上がって、(くび)(かし)げる(あるじ)を睨んでいた。
けれど、誰も、気づこうとさえしない。

国王は重々しく口を開いた。

「先代勇者に探索(たんさく)(まか)せるはずだった――」

「――――!!

グラディルが絶句(ぜっく)する。
まさか、父クレムディルが向かうはずだったとは。

「お前が言う遺跡は、そういう場所だ。(じゅう)分な支度を整えた上で向かえ。賊の塒で無かったとしても、な」

団体行動にはあまり(てき)さない気(しょう)の、高位戦力。
当時の勇者の評価(ひょうか)はそういうものだった、とセレナスは聞いている。
国王に匹敵(ひってき)する火力があって、ようやく単騎で(いど)める可能性が出て来る場所、ということだ。
セレナスが(そう)定していた以上の(なん)所であるらしい。
そして、国王の言葉が意味することは、国家が勇者に任()を下()したということ。

「……では?」

資料(しりょう)が残っている。きちんと目を通して置け。(おそ)らく、賊はそこに(ひそ)んでいよう」

「お父様?」

(みょう)組織(そしき)()食っている遺跡――当時も、そういう見立てだった。経験(けいけん)さえあれば、(いき)を潜めるのに苦(ろう)はすまい」

(かく)()としても(げん)役(内(てい)は終えた(じょう)態だった)、(ということ)ですのね……。解りました。入(ねん)な支度を整えた上で、出発させて頂きますわ!」

「……許嫁(いいなずけ)候補(こうほ)はどうする?」

魔王の力を()りる。それは視野に入っていて当然の選択(せんたく)()だ。

「公国の歓待(かんたい)を受けて頂きますわ。いくら何でも、働き過ぎですから!」

(こと)も無げに答える(セレナス)に、(国王)はあるかないかの()みを()かべた。

「そうか……、気を付けてな」

「はいっ! ――(みんな)!!

「はっ!!

セレナスの掛け声に一度低頭してから、騎士達は立ち上がる。
そして、セレナスを先頭に、11人が一(せい)退(たい)出した。


「放してくれよ……!」

ただ一人、国王が(うで)を取って引き止めたのがグラディルだった。
求めには応じず、無理矢理引き()せて、(となり)(すわ)らせる。

「クレムは……、ずっと、弟の消(そく)()っていた」

「それが?」

その(てい)度の事実は今(さら)であり、一人引き(はな)された結果(けっか)がどんな体(ばつ)で帰って来るのか、の方が余程(よほど)気がかりだったグラディルである。

「……!!

国王は咳払いと視線で寝室の(とびら)を閉ざすように番の騎士に指()し、数分時間を計ってから腕を放した。

「それを(にぎ)っていたらしい組織の塒――それが、」

流石(さすが)に、少しばかり(いら)立たしかったグラディルである。

「あの遺跡、ってのはもう――」

だが、国王は無表情で、何処か暗い雰囲気(ふんいき)(まと)っていた。
話したくないことを打ち明けなければならない、とでも言うように。

「まだ何か、あんのかよ?」

「タイミングが良過ぎたんだ。(さぐ)りを入れようとした途端(とたん)、探るはずだった勇者が消息を()つ」

「その組織が親父の(かたき)だとして」

グラディルの仮定に、国王は首を振った。

「いいや、組織はもう残っていない」

「は?」

壊滅(かいめつ)は、(たし)かめた。公国の(・・・)勇者が消息を絶ったんだぞ? 何の確かめもせずに、手を引けるものか! 勇者が一番(たよ)りになる戦力だったのは間(ちが)い無いが、勇者だけが公国の戦力だったわけでもない」

グラディルは慎重(しんちょう)に国王を見つめる。

「……それで?」

「公国内に残(とう)が居たとしても不思議はないだろう。だが、組織が遺跡に残存(ざんぞん)している可能性は、無い」

何故(なぜ)?」

「壊滅させたのが誰なのかが、解からなかった。表からも、裏からも、伝手(つて)()使して探った。それでも――(つか)めなかった。国内の残党を掃除(そうじ)して解かったのは、彼らも本(きょ)の壊滅を知らなかった、という事実だ」

「壊滅(はん)の正体を掴まない(かぎ)り、(こわ)くて()()地は使えません――てか?」

グラディルはわざと語()を茶化してみたが、国王には通じなかった。

「そうだ。一応、定()(かん)視は掛けていたのだがな。ここ数年は、難しくなっていた……」

魔物の活動の活発化が原因である。
(くだん)の遺跡に近づこうというのは、探索目的の冒険(ぼうけん)者だけ。近(ぺん)には村落も無ければ、都市に通じる(かい)道も通っていない。おまけに、水(げん)にも(とぼ)しい為、野(えい)にも(てき)さない。
(ゆう)先されるのは、国家の()能に支(しょう)を来さない為の人(いん)の確保だった。

(いく)つもの理由が(かさ)なって生まれた(すき)()かれた、ということなのだろう。
国王の顔には忸怩(じくじ)たる(くや)しさが(のぞ)いていた。

「……で?」

グラディルは先を(うなが)す。
国王は躊躇(ためら)うように目を閉じ、意を(けっ)したように目を開けて、グラディルを見()えた。

「セルディム=マグス=ファナムを(ころ)覚悟(かくご)がお前に在るか?」

ばっさり、()()てられた――そんな心(しょう)を持ったグラディルである。

「……、それは――その時になってみねえと、何とも言えねえよ。(おれ)は……何も知らない。叔父(おじ)さんが何に苦しんで、何に(なや)んで今に(いた)ったのか。そんな話をしたことは一度も無かったし」

国王は()い打ちをかけた。

「クレムに探らせるはずだった組織を壊滅させた犯人――それが、セルディムでも?」

突然の結(ろん)に、思わず、グラディルは国王を見返してしまう。

「師匠……?」

昨晩(さくばん)だ。昨晩の白い光の(とばり)――、あれを見て、何故魔族がこの大陸から放(ちく)されることを大人しく受け入れたのか(・・・・・・・・・・・)が解かった気がしたんだ。魔族は、報復(ほうふく)が怖かった。セルディムがクレムディルを直接殺害(さつがい)した犯人だとしても、そこには――事情があった。クレムを殺したことは、想定外の事態だったと。ならば、間接的に関わっているのは、組織の(こう)成員。それも、魔族の、だろう。(うら)みの(ほこ)先が向くのは恨まれて当然(・・・・・・)だからだ。昨晩のあれがあの時点でも使えるものだったなら――、この大陸の魔族は全滅したはずだ。幼子(おさなご)から老人、男女の区別(くべつ)なく、()こそぎに出来たはずだ」

ガルナード=アストアルの(あま)りにも()()ぐな表情に、グラディルは、もしその現場に居合わせたとしたら、セルディムを止めていただろうことを(かん)じ取った。
何故、師匠がそんな決(だん)をするのかと言えば。

「……想(ぞう)以上に面(どう)(くさ)いんだな、国王って……!」

(かす)かな笑みが浮かんだのは、国王の顔だった。

「殺せるものなら、殺してしまいたかったぞ! 俺は。俺の初めての弟子の仇でもあったことだしな。ただ――魔族は公国が大陸に()(とな)える以前から(はく)害の対象でもあった。人間を()(きら)うだけの理由は――人間に報復を目()むだけの(ぞう)悪を(つちか)ってきた時間は――、魔族にも在る。おまけに、二度目の(つい)(けい)だ。だから、(さい)後の(なさ)けだった。不(ふく)を唱えるなら、今度こそ、容赦(ようしゃ)なく――! とな」

「んで、俺にどうさせたいんだよ、師匠?」

グラディルは結論を(もと)めた。
多分、あの(にせ)白百合(しらゆり)(ひめ)()っている。国王の寝室の扉の前で、待っている。
待ち(かま)えているだろうお仕置きは鬱陶(うっとう)しいが……仕方が無いと思わなくもない。
多分、偽白百合姫も(あこが)れている。父親の背姿(せすがた)を、(まぶ)しいほどに強く――。

「……どちらでもいい。今となってはな」

「……(今となっては(・・・・・・))?」

「俺()人の感情を言えば、殺したい。魔族をそう思ったのと同じ理由でな。出来れば、お前には知られたくなかったが――。そこはもう、手(おく)れだ。そして、今夜、お前がセルディム=マグス=ファナムを追うという。クレムディルの仇だと知って尚、それを知ろうという。ならば――お前に(たく)すべきなのだろう。クレムの、遺言(ゆいごん)を――」

「親父の……、遺言……?」

グラディルが(ぼう)然と見つめる国王の顔は、(なみだ)の気配も無いのに泣いているように見えた。

「…………それは……?」

「『弟が公国の(わざわい)となるなら、躊躇(ためら)い無く()ってくれ』と」

「それだけじゃ、ないよな?」

グラディルが確信していた通りに、国王は(うなず)きを返す。

「……ああ。『万が一でも(すく)いを求めて来るなら、(たす)けになってやって()しい』とも」

「――――」

父と叔父の顔が脳裏に浮かぶ。
グラディルは無自覚に(こぶし)を握り締めていた。

「…………どうして、今まで――」

グラディルは信じたくなくて父の死を信じなかったが、それでも、聞くべき事(がら)だ。
もし、知ることが出来ていたなら――違う道行きが在った、だろうか。

「遺言だぞ? 教えれば、クレムディルの最()まで教えることになる。十になるかどうかの糞餓鬼(がき)様に、教えるわけにはいかんだろうが!」

単に、情(そう)教育(きょういく)によろしくないから、だろうか?
想像以上のお子様扱いに、つい、いつも通りの反(のう)で、グラディルはふてた。

「悪かったな! 糞餓鬼様でよ!!

()んだ」ということそのものを理解できない程、幼くはなかったつもりだ。
しかし。

「当然だ。上半身だけになって(なお)(いき)をしている――そんな状(きょう)、伝えられる方がどうかしてるわ!!

()き捨てるような、自()(けん)悪の入り()じったガルナードの言葉は思う以上に当然だった。
クレムディルの死に(ざま)がそんな状態だったなら、確かに、見せるべきでも(おし)えるべきでもないと思う。

「……今なら、いいのかよ?」

小父の(はな)息は(あら)かった。

「当然だ。昨晩の状況を思えば、セルディムがクレムを殺したという事実を悪用してこない可能性は、(すが)る方が馬鹿を見る結()にしかならん。そんなことは御免(ごめん)(こうむ)!!

大事に(おも)われている。
そんな事実が心に(しの)()んで来て、グラディルは泣かないことに苦労した。

「……母さんは……、このこと……?」

「知らぬはずが無かろう。最期を()取ったのは、彼女だ。口裏を合わせてもらったのは、俺の()合だがな」

「……父さん……」

(にじ)む涙を手の(こう)(ぬぐ)うと、グラディルはすっくと立ちあがる。

「……行くのか?」

「当然だろ。ファルの(きゅう)出は俺の役目だ。誰にも(ゆず)らねえよ! それに、白百合の二つ名が不思議なくらい凶暴(きょうぼう)でも、王女様だ。私的な護衛(ごえい)の一人や二人は(はべ)らせていて当然。……どうせ、すぐそこで待ち構えてんだろう。『遅いですわよ!!』とか何とか言いながら、ラリアットとか、飛び(ひざ)とか、バックドロップとか、見舞()ってくるに決まってらあ! ……言っとくけど、師匠のせいだかんな? 慰謝(いしゃ)料、ヨロシク!」

様にならないことを格好(かっこう)良く(せん)言すると、グラディルは国王に背を向けた。

しかし。

「――この、(たわ)けが!!

と、国王は背後からグラディルを蹴り飛ばしたのである。

「俺のセレンちゃんは白百合の名に恥じることの無い清純(せいじゅん)可憐(かれん)()身であるっ!! それを(らん)暴なお転婆(てんば)(ごと)(ののし)るとは何事かっ!!?

すっかり、見()れた調(ちょう)子を取り戻した国王に、グラディルに(ひたい)に青(すじ)が浮かんだ。

「……にゃろう……! (むすめ)馬鹿にも筋(がね)が入っているじゃねーか……!! んじゃ、()けっか?! そこを開けた途端、俺を待ち構えている運命って(やつ)がどんなものか!!

(わり)以上の確(りつ)で勝てる賭けだと、グラディルは確信していた。
賭けの中身は、馬鹿らしいことこの上ないのだが。

「――ふん! さっさと救助にでも行くがいいわっ!!

()げた。グラディルはそう直感した。
つまりは解って(現実逃避して)いる。自分の娘がどう(そだ)っているのかを。

グラディルの青筋が()え、(いきお)いが()した。

「引き止めたのはそっちだろ!? (たの)まれなくたって、行ってやる!! (おぼ)えてろ、全治○○(まるまる)なんてつく負(しょう)(もら)ったら、その分の借金は()(たお)すからな!」

負傷に(かこつ)けた借金棒引き宣告(ちゃっかり)を聞き流すほど、国王は甘くない。
笑顔で青筋を追加した。

「はっはっは! クレム(ゆず)りのお前の体質で全治○○の負傷など、天変地()の直撃でも受けない限り、在り得るものか!! ――全額(ぜんがく)弁償(べんしょう)し、我が公国の(いしずえ)として(まつ)代まで有難(ありがた)(おが)まれる運命を、大人しく用意されるがいいわ!!

「全力で、お・(こ・と・わ)・り・だっ!! ディム小父さんに頭を下げてでも、糞ったれな借金なんぞは絶対(ぜってえ)ぶっちぎる!!!」

「はっはっはっは!! 馬鹿め、くっちゃべったからには俺が先回りし――」

ふと、国王のテンションが()に戻った。

「そうか、そんなのも居た(・・・・・・・)んだよな。俺達には(・・・・)

「……あん?」

息まく弟子を、師匠はまじまじと見つめる。
そして、ため息代わりに、不肖の弟子を(なぐ)っておいた。

(わす)れてどうする! セルゲートのあの気性を……!!


噛みつこうとしたグラディルの脳裏には、()る日の()色が(よみがえ)っていた。

幼い頃のグラディルは、今のグラディルよりも、他人という物への警戒(けいかい)心が強かった。
信用できなかったからであり、(きず)つけてしまった結果、(はな)れられていくのが怖かったからでもあった。
だから、言えた。

「俺に関わるな!!

なんて。

しかし、まさか。

寝言(ねごと)は寝てからにしてくれる?」

なんて切り返しが、びっくりする程綺麗(きれい)な笑顔と共にこようとは。

()通、傷ついて(こん)乱する物じゃないだろうか。
おまけに、言われた(がわ)よりも、言った側の堪忍(かんにん)(ぶくろ)の方が小さくて。

激昂(げっこう)して、殴りかかった自分に()はある。

でも。

異能で散々(さんざん)に反撃、蹂躙(じゅうりん)された挙句(あげく)

「……ねえ、もっと本気でキレてくれないかな? これから、予定を立てないといけないんだよね。勇者になるのが(ゆめ)なんでしょ? だったら、〈力〉を(ぎょ)せるようにならないと。言っておくけど、君みたいな半人前以下は初めてだから。泣こうが喚こうが、(しゅ)行は拒否(きょひ)させないよ。半人前は半()に放り出した時の方がよっぽど怖い事になるし、そっちの方がよっぽど傷つくんだよね。家の名()とか、(ぼく)個人の矜持(きょうじ)とか」

である。

それは在り得ねえだろ! と、5年は経過(けいか)した今でも、(そっ)攻突っ込める。
おまけに、(やかた)(えん)側での喧嘩(けんか)はさっくりバレて、親父命令でこれまた速攻(あやま)りに行かせられて。
ラファルドはラファルドで、グラディルみたいなのは初めてだったのだろう。
(ぽう)、喧嘩(ごし)だった。

「何? また来たの……? ――え? さっきの話??

謝るつもりで切り出したのだが。

「ああ、関わるな! とかいう寝言のことね。却下(きゃっか)。勝ち犬に指図する負け犬なんて、この世の何処に居るのさ。……何? 負けたのが(なっ)得できないの?? だったら、付き合うよ。何度でもね。ただし、今度は僕も本気で()()らしさせて貰うから。そこのところよろしくね、負け犬君」

である。

ラファルドもディムガルダから(きゅう)を貰ったとは気づかなかったし、(それを差し引いても)やさぐれる以外に何が出来たというのだろう。


「有難い時は神様ばりで、厄介(やっかい)な時は地(ごく)の悪魔も真っ(さお)。幸運か不運かで言えば絶対に幸運だが、国家予算クラスの借金を背負わされたが如き悪運も()れなく付いて来る最強最悪の切り(ふだ)――」

忘れたのか!? とばかりに、国王はグラディルを()さぶる。

「俺にはディムガルダだが、お前にはラファルドだろうが!! ……あれは(ひか)えめに言っても、有難(ありがた)迷惑(めいわく)だ! 救助に行くのなら、間違ってもキレさせるなよ!? 道中のお前の行動次第(しだい)では、120%キレる!! 性質(たち)の悪いことに、こっちの何もかもを見透かして、自分の無茶は綺麗(きれい)(たな)上げしてな!!

グラディルは目を(またた)かせた。

「……あれ? 何で、師匠がそんなこと――」

「解らいでか!! トラス、お前な、俺が何十年ディムと親友をやって来たと思っとるんだ?!

「……え? そんなの、わかんねー……てか、つまりは師匠も――」

同じ事をやらかした(・・・・・・・・・)過去(かこ)がある、と白状したも同然だった。

「ば――、――あ。……いいか!! ()解の無いように言っておくが、今だって親友なんだからな! ディムとは!!

今更取り(つくろ)われても、後の(まつ)りではないだろうかとグラディルは思う。
思い出さなくていいことを思い出した気持ちはすっかり、(しか)られに行く子供のそれだった。

「……そっか……、想像する以上に()た者親子なんだ……、あの二人……」

意気揚々(ようよう)と「助けに来てやったぜ、感謝しやがれ!!」と言い放った日には、「有難くは思ってるけど! 何、あれ!! こっちの心(ぞう)への負(たん)をもっと()らしてくれないと、()めることも出来ないんですけど!?」と反撃される気がした。

グラディルの脳裏に浮かんでいる想像が見えたように、国王の調子も一気に()びついた。

「……う……、あ――いや、その……まあ、そうとも、言う、か――な?」

(〈力〉を使った無茶をするはずなので)(くぎ)()しつつ(はげ)ますつもりが失(ぱい)した――と、雰囲気で語る国王を、グラディルは振り返らなかった。

「……んじゃまあ、ちょっくら行って来るわ。大魔王が()降臨(こうりん)あそばされたら、(ほね)(ひろ)ってくれな」

「……あ、ああ。気を付けて、行ってこい……!」

揚々と去るべき後ろ姿は、すっかり意気を阻喪(そそう)していた。
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登場人物紹介

登場人物を紹介していきます――のコーナーなのですが、

作者にちょっと暇と余裕がないので、とりあえず、名前がメインになります。


申し訳ありません!


基本的には短編集の時と同じように、適宜かつ随時、継ぎ足していく予定です。

よろしくお願いします!

●グラディル=トラス=ファナン

:勇者を志す、軍学校所属の少年。10代の少年としては大柄で、筋骨逞しい外見の持ち主。

父親は公国の公認を得ていた先代勇者。恵まれた身体能力、回復能力を持つ。

市井の、貧しい方に入る家庭の出。

竜の血と呼ばれる異能を継いでいる。

自分の父親のせいで、ラファルドの父親が異能を喪失したことを、ずっと気に病んでいた。

〈竜気〉の使い手。


●グレゴール

:勇者試験参加者を統率する、軍学校の教官。グラディル達のクラス担任でもある。

生意気盛りの生徒たちから一目を置かれる程度には凶暴。

●ラドルフ

:軍学校在籍の少年。グラディルの級友。背丈は同程度だが、身体の厚みではややグラディルに劣る。

冷静な言動を好む。勇者試験に参加している。


●ヴァッセン

:軍学校在籍の少年。グラディルの級友で、悪ガキ仲間。中肉中背。

就職に有利になるかと考えて軍学校の門を叩いたが、軍人としての将来は考えていない。

勇者試験の参加は見送った。三人で一番現実的。

●ラファルド=ルヴァル=セルゲート

:王立大学付属の高等学校に通う少年。中肉中背。グラディルと腐れ縁の古馴染み兼監督役。

学生寮で一人暮らしをしている。

異能の血族の一人にして、神祇の一人。大人顔負けの才覚を持ち、発揮する。

その影響なのか、反動なのか。必要以上に大人びた、可愛気に欠ける言動が目立つことも。

国王と親戚付き合いをする(父親の縁)けったいな家の出。

年々、異能が衰えていることを、グラディルに黙っていた。

●ガルナード=アストアル

:セレル=アストリア公国国王。ちょっとお茶目な働き盛り。

趣味はこっそり宮殿を抜け出すこと、強者との勝負。

国王の重責を理解してはいるが、同時に辟易している部分がある。

もしかしなくても、娘馬鹿。公国最強の武人としても有名。

大人気ないこともあるが、それすらも確信犯である時が多い。

親友の息子の一人であるラファルドは可愛気に欠けることが多い(割と危なっかしい)

「甥っ子」みたいなもの。


●ミラルダ=マインズ

:第三王女に仕える王宮の古強者の一人。肝っ玉おっかさん。

主人のお転婆が少々悩みの種。幼馴染の紹介で王宮で働くようになった。

庶民出の出世頭として、割と有名な人。


●アスカルド

:近衛騎士団長を務める男盛り。近衛最強だが国王には及ばず。

第三王女の素行の被害を(立場上)一番よく被る人。

取り潰しに遭った、とある貴族の家の出身だが、家に興味は無い。


●シュヴァルト=アインズ=グレスケール

:辣腕で名高い公国宰相。元々は王族の家系。

娘を国王に近づけ、さらに実権を握ろうと画策中。

才色兼備のロマンスグレーだが、国王にはしてやられることが多い。

昔の恋を今も引きずっている……らしい。


●クリスファルト=ダグム=セルゲート

:ラファルドの兄。少年時代はやんちゃだったが、今は生真面目のきらいあり。

爆走を辞さない弟たちに振り回される運命……なのか?

政治感覚に優れているが、神祇としての序列は高くない。

●セレナス=アストアクル

:公国の第三王女。市井では「白百合姫」と評判を取る美少女。

しかし、その正体は……。

孤独を負いつつも、快活な少女だが、何故かグラディルには当たりがきつい。

思わぬことから、魔王の見合い相手に選ばれていたことを知ることになった。

グラディルが羨ましい……らしい。

傍目には、結構残念に思えるところが在る。

●ラシェライル=ヘディン

:グラディルの幼馴染の少女。美人。

グラディルよりも遥かに早くから、かつ長く、王宮に勤めている。

しっかり者。粒は小さいが、上等な紅玉をお守りとして持っている。

●男

:裏町で一定の悪党をまとめ上げる人物。

下町ではそれなりの大物と思われているが、裏社会では下っ端階級の中間管理職。

鼻が利くことと、人を見る目の確かさが取り柄。

今回は面子が邪魔して、裏目に出た。


●依頼人

:仮面をつけた余所者。悪意を以て謀(はかりごと)を為そうとしているようだが。

男に看破されているように、悪党のことは一欠片も信用していない。

魔王征伐を企んでいるらしい。

公国主催の晩餐会に満を持したように登場した。

他者から魂を奪い、魔族に生まれ変わらせる異能力を持つ。

●セルディム=マグス=ファナム

:グラディルの叔父。事情が在って、故郷を離れていたが、久し振りに公国に戻って来た。

体調に不安あり。雄偉な体格をしているが、背丈はグラディルの肩程度。

制御を受け付けない血の力に苦悩し、方策を求めて彷徨っていた。

晩餐会での騒動に、悪意を以て加担したと言明する。

とある組織に在籍していたらしい。

多重人格者?

●サマト

:第三王女付き近衛の一人。姉と妹がいるため、女性の扱いには多少、慣れている。

近衛騎士団の、若手出世頭の一人であり、誰からもやっかまれるような男前だが、凶暴につき。

第2話で、少年二人の前で膝を折ったのはこの人。

侍女頭には負けるものの、第三王女と(心情的に)近しい関係を築いている。

●サティス

:魔族。獣魔遣いの一人。

魔族ではゼルガティスに好意的な方だったが、生真面目な部分もある。

黒幕にはなれないタイプ。


では、何故、離反するような真似に出たのか……?

●ゼルガティス

:魔王を名乗る魔族。本拠は海の向こうの大陸に在る。

青年然とした暴れんぼ将軍系?

往生際の悪い所があるようだ。

●ラジアム=グリディエル

:騎士団所属の騎士。

元傭兵であり、騎士の中では柄が悪く、王家にも騎士道にも夢を見ていない。

一見、がさつに思われがちだが、人品・技量共に確かなものがある。

中堅どころ。

???

:謎。魔王ゼルガティスに悪意を向けている。


●フィルグリム=ソラス=セルゲート

:ラファルドの弟。もしかしなくても、利発。

神祇としても優秀であり、将来の為に、今から不自由な生活を強いられている。

ちなみに、「兄上」が指す相手はラファルド一人だけ。他の兄を呼ぶときは、「○○兄上」のように、名前が入る。

成長期はこれから。


●レテビル=スラウフェン

:フィルグリムの補佐と監督を兼務する青年。

グラディルが目を付けたように、武芸に長けている強面。

主人のことは大事に思っているが、感情として発露することは稀。

一度は、ラファルドのお付きになる予定が在った。

●大使

:晩餐会に招待された異邦からの客人。

セレナスのことを気に入っている。

実は、とある人物の変装だった。


●魔族

:突然、晩餐会に乱入してきた。

ドルゴラン=セグムノフを名乗っている。

戦闘の最中、怪物へと変貌した。

さらには魔人へと脱皮し、猛威を振るはずだったが――。

主の意志に従い、戦場から退場する。元人間。

ある人物の影武者をしていた(主命)。


●ドルゴラン=セグムノフ

:最初は魔族を影武者にして、正体を偽っていた。

正体は……どうも、声とは違っているらしい。

そして、公国王室の縁戚だという事実も発覚。

恐るべし、公国の良心! である。

実は少女だった。


●フォルセナルド

:魔族。「依頼人」の名前。

先代魔王の血を引いており、人間風に言うならば王族に相当する。

ただ、仲間内での評価は、鼻っ柱だけ、と辛目。

魔王ゼルガティスの事は登場からよく思っていない。

身内にはやや甘いところもあるが、敵対する者には基本的に非情。

●ディムガルダ=セルゲート

:ラファルド達兄弟の父親。セルゲート家先代当主。

先代国王の治世から公国に仕えている、筋金入りの仕事人。

穏やかで鷹揚な気性に騙されると、偉いことになることがある。

国王ガルナードが常に一目を置く、公国最”恐”の人物であることは忘れられてはならない事実なのだが、

結構な頻度と確率で忘れら去られる、恐るべき人柄の持ち主。


●クラウヴィル=ファランド

:クリスファルト=セルゲートの仕えたる武士。

勤務中は冷静無私だが、非番中は喜怒哀楽が豊か。

クリスファルトにとっては、気の置けない友人でもある。

●白い竜

:突如として城下に出現した、白い体躯の巨大な竜。

その正体はセルディム=マグス=ファナムだった。


●ジェナイディン

:ゼルガティスの国で、執事の役割を務めていた高位魔族の一人。

主であるはずの魔王に謀反を仕掛けた。


●半裸の男

:???


●貴様

:半裸の男とは相容れぬものながら、対になる存在。とある事情から、この世界においては姿形が無い。

●それ

:セレナスの窮地を救った何か。転移符の首飾りを持ち去ったのは対価……というか、辻褄合わせの為。

その正体は……爆笑で神様とラファルドの間に割り込んだ何かであり、神前の魔。

神前に構える魔は補佐であり、守りであり、牙で在るもの。背後に在るのが宝であれば、神器レベルの逸品の守護者。だが、背後に「神」を戴くその時は――最凶最悪の寓意として、恐るべき本性を備え、現すことになる。

なぜならば、神聖の極点である「神」が魔を従える――それは、”世”の事象全てを司り、制する「万象の王」の顔を現すからだ。


●青年

:その正体は謎……、とか言うまでもない。神様。

ただし、セルゲート家が伝える”神様”とは、別の存在であるらしい。


●イーデンナグノ=ソルド=ファラガンオルド

:”亜”世界でグラディルを待ち受けていたもの。自称している通り、〈混沌〉を肉親に持つ極めて稀有な竜種。竜であることを自他共に任ずるが、その正体は「竜」という括りからも遠くかけ離れており、竜でありながら、如何なる竜のカテゴリーにも属さない。力有る神々をして、悪夢の存在と言わしめる〈古代種〉の「竜王」。その最強(最凶)をして、”化け物”と畏怖させる実力を持つ、という。


●イーデガン=ファラグノルド

:古文書に時折名前が出て来る伝説の竜神。〈光炎神竜〉の二つ名が特に名高い。

しかし、実在を確かめた人間は存在しない為、御伽噺の住人だという声が強い。

ただし、世界にまつわる秘密を知るようになると、その存在を疑う者はいなくなるのだとか。


●白双

:双頭の白竜、そこから来た異名。ただし、二つの頭を持つ竜王はそう多くない。

〈古代種〉に数頭存在する程度、らしい。

グラディルの前に現れた白双は事情が在って、本来の姿からはかけ離れた状態にある。

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