第33話◆白百合姫(3)・・・改
文字数 3,653文字
無表情に見えて実はへそを曲げている、玉座の間の
在るか無いかの笑みがセレナスに浮かんだ。
(きっと、代償なのだわ。玉座を放り出さないことの。お父様もきっと――)
自由を感じたいのだ。
振り回される側には迷惑だろうが、そうでもしなければ手に入らない。
そして、感じることさえ出来ないのだ、自由は。
何故、自由がそんなに大事なのか?
答えは決まっている。
自由など無いからだ、
王侯貴族は
そう信じている
酒場で
王宮に勤め始めて間もなく、そして、すぐに
言動だけでなく、仕草からも
端的に言って、
王侯には職業選択の自由が無い。
世の大人たちがもしもの時の為に用意するへそくり? とやらを用立てる時に使う副業なんて、もってのほか。
王家の長男に生まれついたなら、それ以外の人生なんて選べない。存在しない。
望もうものなら、気が触れただの、出来損ないだの、容赦のない
市井はそれに反発出来ると聞く。
しかし、無い。
王侯には。
王侯の血統に生まれついた者には、そんな人生は、無い。
王侯の食卓には、毒見役が必
市井では――下手をしたら貴族階級の相当な部分でも、不要だという毒見。
何故、王侯の食卓には欠かせない?
そんな食事が
そして、王宮は人の出入りも多い場所だ。
王族もまた人に囲まれて育つのである。
けれど、珍しくない。
信用できる他人が皆無に等しい、王族というものは。
だが、市井にはありふれていると言う。
信を置ける他人――友というものが。
何故?
そもそも、父や自分が自由に
市井の人々が考える自由、不自由とは違うのかもしれない。
けれど。
王宮に、王侯という生活に、自由は無い。
贅沢に見える生活が在っても。一人ではないのに一人という日常は在っても。
周囲に多少の迷惑を掛けても、闊達に振舞うことが父の自由だとしたら。
父が父として生きる意義だとしたら――。
私の意義とは、何処に在るのだろう?
体が弱かった昔。母が叱責されたのを聞いたことがあった。
『どうして、こんな子供を産んだのか』と。
直接、金食い虫! と
身体を
それを
治すことが出来ないのに、値が張る。
何故かと言われれば、子供の身体に極力悪影響を与えないことが極めて困難だから。
強力な薬効というものは、時に健全を損なう原因となる。
けれど、適度な薬効では病の根絶を望めない。
当時、私が置かれていた状況がそれだった――のだろう。
幸運にも、
老師――後に弟子入りしたのでそう呼ぶ、のおかげだ。
やっと解放されたのだと思った。
寂しさしかない場所から、そうではない場所へ行けるのだと。
しかし。
母が亡くなった。
入れ替わるように――とは、思いたくない。
だが、そう思い
それ以外に出来ることが無かったのだけれど。
そして、夜明けと共に孤独と背中合わせになる日々が始まった。
父の顔を見ることが出来る日は目に見えて減り、
侍女頭に何度迷惑を掛けても、願いが
いや、一度だけ在っただろうか。
どうして、床で寝ていたのか。
きつく抱きしめられたのも、男の人の
毒を盛られた――とは、知りたくなくても知るしかなかった。
私は再び老師に
よく捕まえることが出来たものだと、今でも思う。
(嫁入り前から
老師は若いのか若くないのか判らない人だった。
見た目は若者と大差が無いのに、仕草や
けれど、楽しい時間だった。――忘れることが出来たから。
父を呆れさせた弟子入りも、
修行を
そして、そんな時間は長くは続かなかった。
老師
湿っぽいの苦手らしく、見送りは意外なほど嫌がられた。
……父に内緒で宮城を離れたとは知らず、後で少し、大変な目に
後を付いていければ――良かったのだろうか?
孤独に忍び寄られる日々が、また、始まった。
老師の
それが教えてくれたのは――私が父の
喜べばよかったのか、泣けばよかったのか……。
或る日、
勉学を始めるまでは聞き流すことが出来ていた言葉で――役立たず、と罵られたことが口火。
相手には軽くは無い
……ああ、宮中における行儀作法が授業に追加されましたっけね……。
私はずっと気が付かずにいた。
行きたい場所は無かった。なりたい自分も、無かった。
だから、問題が無かったのだろう。
けど。
或る日、私は打ちのめされることになった。
適当なタイミングでネタ
初めて見る笑顔に、出会ってしまった。
母が居た時とも、母と居た時とも違う笑い顔。
気づかないまま一人で逃げ帰り、その日はご飯も
夜が過ぎたことさえ気づかないほど、
私は、何なのだろう?
どうして、こんな場所に居るのだろう?
そんなことを、初めて考えた。
そして、侍女頭――ばあや、に迷惑を掛けた。
ミラルダが居なければ、
代わりに、何処かで
あの日の笑顔が無ければ、
王宮という名の無闇に巨大で、悪戯に
壊れた人形で居ることは出来たから――。
何時か
私は無能だった。
それでも、王女でしかなかった。
気が付いたのは、何時だったろう? 意識するようになったのは何時だっただろう?
私には、道が無い。
市井の人々のように『選べる未来』が無い。
王女以上にも、王女以下にもなれない。
なのに、”肩書き”には期限が付いている。
一つは結婚するまで。もう一つは、父が玉座を退くまで。
期限は
けれど、私には何も無い。
王宮も侍女も騎士も、王家――国家、に所属するものであり、王女の私物ではない。
私は
なのに、迫って来る。
何者でも居られなくなる日。
それは影のように密やかに忍び寄って来る。
時が来れば忘れられるだけ。無かったことになるだけ。居た、ということで終わるだけ。
そう気付いたのは何時だったか。
泣けたかどうかも覚えていない。
ただ、考えるようになった。
そうならない為にはどうすればいいのか。
そして、
この期に及んで、出来るのは真似だけ、なのだから。
父にだって見抜かれている。
だから、差し向けて来たのだ。
婚約という体裁を利用してまで。
本当に結婚しても――王家を捨てても、いい。
と、父なりの覚悟を示して来たのだ。
あれ――彼ら、は
私が忘れ去られる以外の道を歩む為の、最初の鍵となるかも知れないもの。
だからこそ、良く知らねばならない。十二
王家はそうすることで家を、国家を
王の娘なれば、道は一つしかなく。
なのに。あの二人は。