第64話◆器(うつわ)
文字数 2,585文字
「――おおっ!?」
驚きと歓声を人々が叫ぶ。
何故なら、無傷のグラディルが立っていた。
(……あー……ヤバかった、と)
思い出すだけで冷や汗が流れる。
可愛気に欠ける、グラディルの主治医の鼻が利かなかったら――怖いことになっていた。
予め用意していた保険、写し身が無かったら。
ただ、保険のおかげで死に様を偽装させられ、適当な影に模した空間の歪みに収納されて、仕掛けの飛び道具よろしく、奇襲として一番効果的なタイミングを計られる破目になったのだが。
「お猿!!」
セレナスの鋭い怒声は警告だった。
殴り倒した仮面の魔族の全身が光に包まれている。
「――!!」
爆発が広間を揺るがし、一瞬で戦場を蹂躙する。
被害は結界が封じた。
しかし、それでも人々は壁際へと押し出され、広間中央の戦場にはグラディルと魔族と魔人達が残されている。
「意気の良さは褒めてやろう。だが――!!」
立ち上がった、仮面の魔族の両目がギラりと輝いた。
「!!! ――」
悪夢再来の予感が人々に悲鳴を上げさせる。
だが。
「効くか、阿呆!!」
グラディルは斬って捨てるなり、燐光を纏う残像を残した。
「させん!!」
割って入った魔人を殴り飛ばし、その首根っこを掴んで即席の得物にする。
だが、食らわせることが出来たのは最初の一撃だけで、二撃目は瞬間移動で躱され、手首を狙った黒い光弾の直撃で得物を手放してしまった。
「――ちっ」
グラディルは素早く間合いを取る。
「……よくも、下郎が――!!」
「邪魔だ。下がれ」
仮面の魔族は得物扱いに逆上しかけていた魔人を冷たく一喝する。
「…………、――はっ!」
戸惑いを噛み殺して主に敬礼すると、墜落したまま目を覚まさない、新たな同胞を小脇に抱えた。
(!? まさか……、配下を作ることが目的だった、とでも――!?)
ラファルドの予感を裏付けるかのように、仮面の魔族は床から数mの宙空に、黒く渦巻く、魔力の球体を作り出した。
「させるか!!」
グラディルが魔族に襲い掛かり、ラファルドが球体に飛び込もうとした魔人の腕を光の槍で灰に変えて、元騎士の持ち帰りを阻止する。
「――ぐっ!!」
宙に留まった魔人は屈辱と憤怒に身を焦がしたが――
「――――」
主の冷厳な眼光には異を唱えなかった。
球状の闇――〈門〉、は魔人を呑み込むと、瞬き一つの間に消えてしまう。
「……ふん。2対1、か」
仮面の魔族はつまらなそうに呟いた。
(逃がした……? 自分も――、じゃなく? どういう玉なんだ? ……聞ける先なんて、一人しかいないんだけどさ)
ラファルドはため息を隠して、魔族を睨みつけた。
「随分、往生際のよろしいことで」
仮面の魔族は笑う。
「……本気で、降伏する為に逃がした、と?」
「買いかぶりましたかね。皮肉ぐらいは理解できると思ってましたが」
「無駄だな。我々は争い、殺し合う宿痾の元に生まれついたもの――解り合う必要が、何処に在る? お前達が我々を認めたことなど――」
「己惚れ塗れの悲観も、虫のいい被害者気どりも、確かに、時間の無駄ですね。迫害の先を問うのは水掛け論。そもそも、そんなことの為に今日の騒ぎを目論んだわけではないでしょう? どうぞ、お覚悟を」
ラファルドは槍の石突きで床を打った。
「……くくっ。偽りの王に惑わされるだけはあるか」
仮面の魔族は嗤う気配を漂わせる。
「御託は、寝てからにしやがれ!」
グラディルが背後から先手を取った。
しかし、仮面の魔族が身を翻した隙に、放置されていた元騎士を掴んで得物第二弾にする。
そして、暴れながら隙を窺い、ラファルドめがけて放り投げた。
「――っ!?」
仮面の魔族は思わず舌打ちし、咄嗟に手を伸ばしたが――細身の衛兵、ラファルドが放り込まれた荷物を不可視の力で受け止めて、結界を閉ざしてしまう方が早かった。
「っぶない……(ナイスプレー、ラディ)!!」
元騎士の魔人は人間だった時とは別物と言えるほど大柄だ。重量もある。受け止めに失敗していたら、失神確定だった。
ラファルドは即座に、神通――神祇の異能、で拘束を施した。
そして、胸を撫で下ろしたのは衛兵二人の主君も同じだった。
「機転のきの字が在ったのは結構ですけれど!! 気配りが足りなくてよ!? だから、猿呼ばわりで十分だと言うのです!! ――それで。助かりますか? 助けられますか?」
苦情を刺す前に腹いせを終わらせたセレナスに、ラファルドは首を振った。
「現状では何とも言えません。最低でも、奪われた魂を取り戻さないことには――」
「……厄介ですのね。あれが、魔王級魔族――!」
「せめて、あの男に、上に立つ者としての器が無ければ……!」
悲痛な表情のラファルドの、悔いが滲む呟き。
「…………」
国王も、賓客たちも、誰もが黙り込んだままで。
「…………?」
セレナスに生まれた疑問は、戦闘の轟音が消し飛ばしてしまった。
グラディルは光り輝く両の拳を武器にして、仮面の魔族に対し、互角以上に立ち回っていた。
「ちっ……!」
魔族の魔法と体術の連携に、グラディルは超人的な速度で強引に割り込みを掛ける。
しかし。
「――!!」
仮面の魔族は搦め手を隠していた。
飛び退いた本体に置き去りにされた影。そこから黒い獣たちが続々と現われて牙を剥き、追撃を目論んだグラディルを阻む。
あっという間に散開して一斉に襲い掛かって来る獣たちを、グラディルは片っ端から殴って破壊していった。
「……ふん!」
破壊速度を忌々し気に睨んでいた仮面の魔族の目が、針のような輝きを宿す。
「――あっ!?」
何時の間にかグラディルの背後を取っていた獣の出現に、環視の人間達から悲鳴が上がる。
「しょっぺえよ!!」
身体を回転させて奇襲を破壊し、更に加速して仮面の魔族を撃ち抜いた。
「……くっ! ……くく……!!」
身体を破壊されて、楽し気に笑う。
「――――、――?!」
それを不可解に感じた直後、グラディルの脇腹を灼熱の衝撃が襲った。
攻撃様に追い抜いた、魔族の影。
そこから腕が伸び、短剣をグラディルの脇腹に突き刺していた。
(本体と分身の入れ替え……!? 器用な真似を――!)
ラファルドの観察を証明するように影の中から仮面の魔族が姿を現し、突き刺した短剣を抉って、グラディルの抵抗を封じる。
「ぐっ!? が、ぁ、あ――!!」
苦悶するグラディルを容赦なく蹴り飛ばして引き抜くと、真っ赤な血を滴らせる短剣を――国王に差し向けた。
「さて、決着といこうか?」
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