第120話◆blood revolt(3)
文字数 2,738文字
(何ですの!? 何ですの!!? 何ですのーっ!!??)
突然真っ暗になったかと思えば、これまた突然、目の前の空間に一筋の金色の線が縦に走り。
異変の連続に、正常な思考が混乱するのはセレナスだけではなかった。
線が眩く輝くと、扉が押し開かれるように領域を広げ、吹き出す熱風と共に暗闇が霧散する。
「…………!!」
光と色彩を取り戻した聖堂に、空気を歪ませる咆哮が響き渡った。
一瞬で竜の巨躯に変身したセルディムが、巨躯からは想像し難い速さで襲い掛かる。
悪夢の幕切れを予感させる爪の一撃を受け止めたのは――黄金の燐光を纏う、グラディルだった。
構えもせずに、悠然とセルディムの竜眼を見つめ返している。
(?! ――――、グラディル、ですの……!?)
何も変わっていないように見えて、何かが変わっているように感じられる。
どちらが正しいのかは、とりあえず、棚上げだった。
「んもうっ……! 心配を掛けさせますわね!! これだから、お猿で十分なのよ!!」
「――殿下!! お下がりを!!」
横合いから当身もかくやという速さで、サマトがセレナスを抱えてグラディルから一番遠い壁際へと走り去る。
だから、セレナスにはグラディルに浮かんだ微苦笑は見えなかった。
「……急くんじゃねえよ。決着は逃げたりしねえんだから、なあっ!!」
グラディルは気合で巨大な竜身を吹き飛ばす。
聖堂に異変が起きる前までの激突とは比較にならない密度の余波――〈力〉の奔流、が一瞬で聖堂を蹂躙した。
「――がああっ!!?」
正面から激突した反動で盛大に吹っ飛び、グラディルは聖堂の壁に強かに身体を打ち付けた。
[……おーい、闘る気あんのか、手前……!!]
不機嫌な声は自分の中からだ。何を指してのことなのかはとっくに解っている。
「……有るに決まってるだろ!」
[んじゃ、何回、相討ち? すりゃあ気が済むんだよ? まさか、殺されねえ結末がねえとでも思ってんのか?!]
不満で息まく感覚が、グラディルとしては少し煩わしかった。
「っせえな! 無駄に相討ちしてねえわ!!」
苛立ちを抑えつつ立ち上がるグラディルを、白く濁った〈息〉が襲う。
[ほっほう……? なら、俺様の〈力〉で相討ちになる理由が、解ってる! と?]
ぴしり、と尻尾で床を叩く音の演出は余裕の表れか、警告なのか。
グラディルは胸中を隠そうとは考えなかった。
「……怖えからに――、決まってるだろ!!」
〈息〉の残滓を煙幕にしたセルディムの突撃に、カウンターの当身を合わせる。
首尾よく後の先を制したグラディルが、豪快にセルディムを吹き飛ばした。
[何が、怖い?]
グラディルにしか聞こえない声は、酷く静かだった。
「しくじれねえからだよ。……今までは、何時だって、ケツ持ちされてたからな! 何時、俺が見境を失ってもいいように。それが――ぶっつけ本番で、『手前のケツは手前で拭え!』だぞ!? 怖くねえって方が、よっぽど嘘だろうがよ!!」
追撃を仕掛けてこないグラディルに何を見て取ったのか、起き上がったセルディムは竜の巨躯を人型大にまでスリムダウンさせ、格闘戦を挑んで来た。
そして、そこでもグラディルは後手に回る。
[……経験不足か、またもや……!]
苛立つ理由は解からないでもない。けれど、言われたくは無かった。曲りなりでも、「自分」だと言うのなら。
「じゃあ、手前は解ってんだな!? 俺がこの〈力〉で、情け容赦なく叔父貴を叩き潰せば、望む未来が手に入る、と!! 俺はすっきり笑えて、後顧に何の憂いも無く明日を迎えられるんだな!?」
[……流石にそれは、戦闘狂の発想だろう。脳筋は好かぬ!! しかし――]
首筋めがけて噛みつきに来るセルディムの腹に肘でカウンターを見舞い、よろけた所を足払いで石床に叩きつけた。
「……解らねえたあ、言わねえよ。手前が一番不甲斐ねえのは、俺も同じだ。どやしたくもなるさ……。でもよ、しくじれないんだ。絶対に」
そのままマウントに移行して、グラディルは殴りの乱打を浴びせた。
セルディムが蹴りで後頭部を狙ってくるのは時間の問題なので、とっとと諸手の槌を顔面に叩き込んで気絶を強制し、身体が反射的にのたうつところを力任せに引きずり回して、遠心力を加味してから豪快に(騎士団がいない壁めがけて)放り投げる。
砲弾よりも直線的な軌道を描いて、セルディムは岩壁に叩きつけられた。
「なのに……、〈力〉の加減は使って確かめるしかない、と来やがる! 『俺が望んだのは、こんな結末じゃない!!』そう言わねえ為には――後手に回ることをビビってる場合じゃねえんだよ!!」
[ならば、どう勝つ? 殺傷の是非はともかく、あれは征伐してでも制さねばならん! さもなくば――]
「不愉快な未来が待ってる、んだろ? ……ったく! 〈混沌〉が御祖だとか威張ってた割に、しょっぺえな。焦らす以外に出来ること、ねえのかよ?」
グラディルはセルディムが戦闘に復活するまでの時間を休息に充てる。
〈力〉――〈竜の血〉、を扱うことに、一日の長をセルディムが持っていても不思議なことは無い。形振り構わずに仕掛けてきている体を装って、グラディルの『息切れ』を待つ。そんな頭は在ってこそ当然だ。グラディルが逆立ちしても敵わなかった父、クレムディル。その父が敵わなかったのがセルディムなのだから。
それに。
勝ちを焦らせて、自滅を誘う。それは狙うべき戦術であって、狙われることは警戒すべきもの。
そんなことまで失念して猪突猛進に走った日には――教官に合わせる顔が無くなる。
それも、御免だ。
[……戯けか?! 貴様は付ける薬が無い大戯けなのか!? 〈血〉の濃淡にさえ煩わされねば、とっくに! 初手でプチっと決着しとるわ!! ……むしろ、褒め称えよ! あっちは自分を魔改造して、出力を強引に増強し、そのブースト機能ごと大暴走しているあんぽんたん。絶賛、自爆スイッチとチキンレース中! のあんぽんたんと! 気後れが無ければ後塵も拝さないレベルで渡り合えてるんだからな!! 何これ! 凄え!! と俺様を崇め奉ってこそ当然!!!]
ふんぞり返る、掌サイズの竜の姿が脳裏に浮かんで、グラディルは笑いを誘われてしまう。
「気後れが無ければ、ねえ……。んだよ、結局、俺次第ってことじゃねえか!」
[だーかーらー、発破を掛けてやってんだろうが!! 闘る気はあんのか?! と!!]
『一歩ずつ踏みしめて、積み重ねていくしかないんだ』
グラディルは苦笑した。
「……ま、いいわ。自分の道は自分の足で歩くってだけの話だしな」
[些かならず、賢しらで癪だが……、で? どうする?]
グラディルの口元に在るか無いかの笑みが浮かんだ。
「どうするも何もねえよ。今の俺に出来るのは――拳に力を込めて叩きつける、それだけだからな」
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