第105話◆口火
文字数 2,240文字
「……此処まで来たか……!」
「…………叔父貴、……手前、」
しかし、セレナスがグラディルを押し退けて(蹴り飛ばして)前に出た。
「セルディム=マグス=ファナム!! 最初で最後の勧告です! 大人しく、縄に着きなさい!!」
「断る。…………」
簡潔な返答。
けれど、視線は蹴り飛ばされたグラディルを追いかけている。
「……手前、この、偽白百合姫っ!!」
起き上がったグラディルの額には、当然のように青筋が在った。
対するセレナスもつん、と澄ましている。
「勝手に聖堂まで押し入ったのは貴方でしょう?! 仕えの分際で主に心配を掛けるなんて、万年は早くてよ!!」
「だったら(もっと素直に案じやがれってんだ!!)、さっさとすっこめ!! 交渉は決裂だろ!?」
「貴方ねえ――」
グラディルとセレナスの視線が真っ向から衝突した。
ため息で割り込んで来たセルディムが、どうしても、大人に見えてしまう。
「……一応聞くが、どういう関係だ?」
「雇い主と雇われ者。近衛の真似事だな」
「それ以上でも、それ以下でもありませんわね、現状(どういうつもりでして!? 余計な事を吹聴するなんて――)」
「余計な事」とは、セルディムに叔父貴と呼びかけたことだ。
血の繋がり有ったとしても、罪を犯した相手に対してであれば、他人になるのが穏当な処世だった。
「何時まで続くかも不明! だけどな(お気遣い、どうも。けどな。陛下がとっくに御存知なんだよ)」
「全く! 可愛気に欠けますこと!!(……それは――)」
セレナスの心配に対するグラディルの回答は、”秘密にならない秘密”ということだった。
グラディルとセルディムが甥と叔父であることをこの場でだけ隠しても、調べれば解る――公国に資料として残されている、から、意味が無い。
セルディムは退屈そうだった。
「ふん……。王の血を引く小娘とその狗、か。落ちぶれたものだ」
「……へえ。逃げ隠れしてた割に、余裕だなあ、おい!」
揶揄を揶揄で切り返されたセルディムの目が険しくなる。
「!」
いざ、開幕かと身構えたセレナスの足をグラディルが掬って抱え上げると、二人の背後に控えていた近衛騎士、サマトに放った。
「!? ちょっ、ちょ――!!」
咄嗟の指名を迷惑だと視線でぶった切ったサマトだが、セレナスを抱き止めると、そそくさと前線から聖堂の壁際まで一直線(勿論、騎士団員が道を開けた)に避難してしまう。
「……お、覚えてらっしゃい?! この、う――」
それ以上の見苦しい雑言は、サマトが実力で(セレナスの口を塞いで)阻止した。
「俺様を出し抜いて先駆けようなんざ、バレバレだっつの! 美味しい所だけ持って行こうだなんてな、そうは問屋が卸さねえ!!」
ざまあみろ! とばかりに威張るグラディルに、サマトの腕から逃げ出したセレナスが柳眉を逆立てる。
「何ですって!?」
そして、一瞬で曇った。
「――グラディル!!」
「?!」
背後の空間が一瞬で白く輝き、色からは想像し難い灼熱の気配がグラディルの居た周囲を染め上げる。
〈息〉を吐きかけられたと気づいた時には、終わっていた。
「忘れたか? 敵味方に別れた、ことを」
だが。
「……そっちこそ、耄碌したんじゃねえだろうな!? 俺はあんたをぶちのめしに来たんだぜ!!」
雪のように白い〈息〉の残滓の中から、銅色の鱗に覆われたグラディルが姿を現す。
「ほう? ……生意気を抜かすようになったな、餓鬼が……!!」
セルディムは足元に転がっているラファルドを蹴りつけた。
ひび割れた地面に埋もれていく少年は、何の反応も示さない。
グラディルの目が金色に染まった。
「手前……っ!! 人質は慎重に扱えよ? 少しでも、楽な最期が欲しいんならな!!」
「抜かすわ。餓鬼一匹で、何ができると?」
「見せてや、?!」
グラディルは背後から剣の鞘で殴られた。
「急くな。ビビり程、他人を下に見たがるもんだぞ」
サマトの元教導官がグラディルの左に立ち、得物を抜き放った騎士団員が脇を固めるように立ち並ぶ。
セルディムの目が剣呑に輝いた。
「――ほう。御大層なお出迎え、御苦労なことだ。徒党を組むしか能が無いのは、実力の程など高が知れているからでしかないがな!!」
騎士団とセルディムに真っ向から火花が散る。
「グラディル!!」
セレナスの鋭い叱咤は牽制だ。
グラディルは疲れたようなため息を返した。
「……殺す前に、洗い浚いを白状させる、ってんだろ? 解ってるよ」
「でしたら、決着ぐらいは好きになさいな。でも。不甲斐無かったその時には――」
セレナスの目が一段、獰猛に険しくなる。
煽られても仕方がないので、わざと退屈そうに反応した。
「へえへえ、お好きなように。逃げ延びて頂く! なんて言われねえようにはしてやるよ」
口調とは裏腹に、グラディルには予感が在った。
もし、自分が駄目だったら――騎士団は王女を抱えて逃げ延びる策を本気で模索する、と。
「全く! 可愛気を仕込むところから始める必要が在るお猿だなんて……!! 流石にも程が在りましてよ!!」
憎まれ口を叩きながらも、セレナスは腕を組んで聖堂の壁に寄り掛かった。
「……っ、が、ぁ、……っ、ぁ、ぁ、ぅ、あ、ぁ、あ。――ああああああっ!!!」
セルディムが一瞬で、全長6mになろうかという、真っ白な竜に変身する。
グラディルを包む鱗が一瞬でより細く尖り、鈍い金属質の光沢を帯び始めた。
ぶつかり合い、微かな音を立てる鱗からは、金色の燐光が立ち上っている。
「んじゃまあ! おっぱじめようかい!! ……容赦無く、ぶちのめしてやる!!!」
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