第36話◆我儘・・・改
文字数 3,066文字
何処か面倒臭そうな声に、ラファルドの眉根が寄った。
「駄目だよ。今は、勤務中! 殿下の風聞にも関わることだからね!」
言いたいことは解っている。
フィルグリムが来てからこの方、妙にレテビルを意識しているからだ。
誰彼構わずとは言わないが、強いと見れば手合わせしたくなる。
そんな
(っとに、誰に似たんだか――。まあ、
勤務中でなかったら、ラファルドだって目くじらは立てない。
勝利しようが、返り討ちに
好き勝手した結果、治療を頼みに来るなら、借金に計上するだけだ。
しかし、今日に限っては余計な援軍が在った。
「試すまでもありません。見ればわかるでしょう、そんなこと!」
ため息をつくようなセレナスを、ちらりとレテビルが
「やってみなけりゃ、解らねえだろうが!」
解り易く反発するグラディル。此処からさらに売り言葉に買い言葉で盛り上がっていくのがラファルドにとって頭の痛い展開である。
「……(猿の前に低能なと付くのですか)……。なりません。特別に延長した昼休みは、食事と休憩に宛てます! よろしくて?」
「…………」
これでもかというぐらいのむっつり顔(と、への字口)に、セレナスの目がそっと細められた。
「言うまでもないと思いますけれど、君命、でしてよ?」
押し時と見たラファルドも畳みかける。
「ラ・ディ!」
「……わあったよ!」
「よろしい! それで? 食事は何処に運ばせましょうか?」
「……セレナス様?」
ラファルドが驚いたのは、王族の食卓を相伴できることと王族の手を
実家の肩書がどうあれ、出仕している以上は雇われ人。食事は提供される(無償)が、宮城のものとしては質素になるのが当然である。宰相、騎士団長のような高位の役職持ちでさえ、例外にはならない(さすがに、下位の侍従や侍女よりは上質の食事が出るが)。
一応、舌
例外は国王を頂点とする一握りの王族と、王家の客人。
国家の威信が掛かった催事のような贅沢さにこそ及ばないものの、市民基準ならば間違いなく”豪華”に相当する食事が供される。
セレナスの申し出は、その貴重な例外に
ただし、誰もが憧れる垂
王族の動向に聞き耳を立てる連中がごまんと居り、厄介な事に、社会全般に「力」を及ぼせる人間でさえも例外ではないのが宮城なのである。
だから、自然と考えてしまう。
(役得――と言えないこともない厚意、だけど――)
ラファルドの現状は第三王女の仕え(肩書き無し)。
主人の提示する温情を受けたところで、
一方で、弟が兄の職場に遊びに来ただけであり、聞かれて困る話をする訳でもない。肩書き持ちが集まりやすい高級区画にはなるだろうが、軽めに摂る程度で十分だろう。
セレナスの意図を吟味して応諾するべきか、周囲の耳目を意識して謝絶するべきか。
「
(……うーん……殿下は前向き、かあ……)
「……兄上?」
不安な中に期待を潜ませて、フィルグリムが見上げて来る。
(……王族、と
身内が職場を訪ねて来た。
それを口実に、直属の上司が一緒に(相当遅い)お昼を、と言い出す。
そこに問題は無い。
上司が王女というだけで、実家にセルゲート家という立場あるだけだ。
そして、王家とセルゲート家の付き合いは浅くない。余計なやっかみは突っ
ただ、共に国家に強い影響を及ぼす家だ。
その宿
第三王女が(に)セルゲート家に(が)接近――などと(陰でこっそり)
(面倒事が発生する可能性は0じゃないけど……、って、そんなのはクリス兄さんに押し付ける! どうせ、
ラファルドの直近の頭痛の種は、グラディルとセレナスの
(事情はどうあれ、ラディと殿下を二人にしたら……絶対にするよね。腕力で相互理解を図るとか。――うん、する。絶対に、する!!)
なまじ、どちらも腕が立つだけに、暴れの被害も甚大になることは想像に
釘を刺せば、一応でも自重を
問題は
グラディルは今、人生初の宮城生活。そうでなくても、不慣れで窮屈で退屈な日常はストレスになる人種である。楽観は禁物とするべきだ。
セレナスにしても同年代の異性は未経験の領域だろう。
間違いがあってはならない。その発想の元、周囲が厳重に管理しているはず。
ただ、不慣れのストレスよりは未経験に対する好奇心が勝るタイプではないだろうか。出仕初日からして、騒動の連続なのである。
やはり、堪忍袋(世間のイメージする王女として振舞える限度)は普段よりも小さい。そう考えておくべきだ。
おまけに。
(殿下の
「…………!」
ふと、フィルグリムがラファルドの
期待しているものが何かは解る。
素直に頷けないのはフィルグリムが幼いだけでなく、
修行は日々積み重ねていく事に、いくからこそ、意味がある。
甘やかすべきか、取り締まるべきか葛藤していると、蘇ったものが在った。
(そういえば、僕も初登城の時は――)
父の腕に抱かれて、見上げる城の外観――。
連れて行ってとせがんだ覚えは無い。だが、美しくも雄大な威容にはわくわくがあった……気がする。
『折角の登城なのでしょう?』
(いい思い出を作れる、またとない機会……かあ)。
仕方がないか、とラファルドは覚悟を決める。
「……レテビル?」
問題(
「では、よろしくお願いします」
「
「――って、何処にだよ」
間髪入れずにグラディルが突っ込むと。
「うんとね、いい場所が有るって、
フィルグリムが満面の笑顔で宣言した。
「……フィル……」
皆で話し合って決めなければ駄目、と言いたかったラファルドだ。
しかし。
「あら、東の
セレナスが笑顔で押し流してしまった。
「あ」
「――あ!」
第三王女殿下御一行様は、やや