第101話◆覚悟(1)
文字数 4,021文字
「……有難う」
「――で?」
グラディルが通信を終えたセレナスに問う。
『基地』を出発したセレナス隊は先遣の隊を追いかけるように階層を二つ下り、その階の探索担当小隊と手分けをして地図を埋めている最中だった。
幸運にも戦闘の回数は少なくすんでおり、危険を感じる手合いにもまだ遭遇していない。
任された地図の範囲をもう少しで埋め終えることができる、そんなタイミングで『基地』からの通信が入ったのだった。
「上層階は打ち合わせ通りに消化できる目途が立ったそうです」
セレナスの返答にグラディルは少し苛立っていた。
「肝心なのは――」
「犯人と人質の居場所、ですけれど……恐らくは最下層の何処か、でしょうね」
セレナスが澄まし顔でぴしゃりとやると、グラディルはへの字口になる。
「根拠はあんのかよ!?」
「一応。魔物の徘徊する迷宮が住居に適さないのは、お猿でも解りますわね?」
「だから、なんだ」
ぞんざいなグラディルの口調に騎士達は何度も視線で忠告していたが、グラディルは気づこうとしない。
掣肘を加えようとすれば逆に王女から牽制される始末で、諦めても良さそうなものだが、執念深く(?)今もグラディルに視線で釘を刺し続けている。
……グラディルは気づこうとさえしないのだが。
「迷宮の魔物達は誘拐犯にとっても敵。……ただ、食料にでもなるのかしら? 上層から中層にかけて、乱雑に噛み千切られた魔物の死骸が散見するそうです」
従軍神官が意味深に頷いた。
「地上の魔物や凶暴化した動物が紛れ込んだ、という状況は十分に在り得ます。後、冒険者の間では、魔物グルメというのもかなり有名ですね。ただ、迷宮の魔物は迷宮次第という部分が濃いそうですが……」
「どういうことです?」
セレナスの疑問符に、グラディルが正解を出した。
「食える魔物が出る迷宮と、食えない魔物しか出ない迷宮が在る、って話ですよね?」
「はい。一説によれば、迷宮の魔力、瘴気などから生まれた魔物は食えず、迷宮を通り道に現世に現れる魔物は食える、のだとか」
セレナスとしても興味が無い話ではなかったが、グラディルに(話題の)主導権を取られている話を続けるのは癪である。
なので、もっともらしい口実で話を打ち切ることにした。
「食べれる食べられないの真偽はさておいて。食い散らかされた魔物の残骸に、真新しいけれど夥しい量の血痕が在ったそうですわ」
「……迷い込んでいた冒険者の、とかじゃなくてか?」
グラディルの指摘はごく平凡な可能性である。
公国の目が届かなくなっていた遺跡なのだから、未知と財宝を求めて世界中を彷徨う根無し草に無断で侵入されていたとしても不思議は無いし、それを咎めることも出来ない。
「残骸に振りかけられたような血痕だったそうですから」
頷くセレナスに、騎士の一人が気を利かせた。
「噛み殺した後に吐血した、と考えるのが自然でしょうな」
セルディムの体調が芳しくないことを覚えているグラディルとしては、それはそれで気が気で無い。
きちんと反省してもらうにしても、生きていてくれなければ話にならないからだ。
許す許さないはその後である。
「ええ。迷宮の内部であればほぼ、何時でも何処でも現れる魔物。そんな物騒な存在が在りながら、何故基地となり得たのか。その理由がこの地下迷宮の最下層――になるのですけれど」
「?」
全員がセレナスの言葉を待った。
「どうも、あれこれ改築してくれやがってますわね、組織とやらは……! 私の(記憶にある)古地図がさっぱり、役に立ちませんわ!!」
「……おい」
グラディルが「手前、本当に王女かよ!?」と、突っ込む。
当時の公国が収集編纂した情報よりも、遥かに古い古地図を信用するとは何事か?! という糾弾と、王女が嘆くのはそこじゃないだろう!! という牽制を兼ねていた。
しかし、セレナスは頓着しない。
「下調べの通りでしたなら、私たちの現在地は最下層に通じる地下参道、のはずなのですけれど……現状、ただの通路です! 天然の洞窟めいた雰囲気の在る場所のはずが、綺麗な方形の天井、壁! 床!! これからフローリングする新築物件同然ではありませんか!! 噴飯物です!!!」
「本っ気で、遠征やらかす気だったのかよ……!!」
騎士達が敢えてスルーしていることに、呆れつつも、グラディルは正面から切り込んだ。
「いけません?」
しれっと切り返す王女も含めて、騎士達の胃をさすりたそうな空気に気づくことは無かった。
「周りに掛かる迷惑まで考慮しろや! 以上」
「……貴方がそれを口にしますの?!」
心外だといきり立つ雇用主を、今度はグラディルが無視した。
「で? 最下層には何が在るんだ? この遺跡が基地として使える理由、なんだろ?」
「……、……”泉”と呼ばれる、不思議な力が「湧き出す」場所だったそうです(厚かましいお猿ですこと!!)。その恩恵を受けることが出来れば、魔物に襲われることが無くなるとか」
魔術師が目を丸くした。
「では……、この迷宮の最下層は! 古代人の遺構!!?」
そして、騎士の一人が恐る恐る続ける。
「つまり、あの「倉庫」は……その恩恵を受けた場所……?」
セレナスは何でもないように頷いた。
「と、いうことになりますわね。「倉庫」の外の地下大河が”水場”なのでしょう」
「食料の調達と運搬をクリアできれば、住めないことはない――か」
騎士の台詞はまだ疑わしい推論に過ぎなかったが、グラディルの脳裏には閃くものが在った。
(魔族だ。魔族の魔法能力を借りられれば、そう難しくもない、ってことだよな)
「……では、魔王陛下の〈力〉はあまり役に立たない、とは……?」
神官が首を傾げた。
元はセレナス自身の発言である。
「元々、聖なる契約を交わす為の儀式の場――それが、私の古地図に在った解説でした」
(……人間だ。そこは人間がフォローすればいい。つまり、かつてこの遺跡に巣食っていた組織の正体は、人間と魔族が力を合わせて築いた組織。不仲とされるはずの両者が、どんな理由か、手を組んだとしたら――国家が睨みを利かせないわけには行かない!)
王都を出立する直前に交わした国王との会話が鍵となって、グラディルに推論を与える。
ただ、国王が齎した情報ゆえ、グラディルはおいそれと口に出すことができない。
そして、吐き出すことが出来ない分、不安は濃く強くグラディルの心に立ち込めた。
叔父はそんなものとどんな風に関わっていたのか。
セレナスの通信機が着信を受けて光り輝いた。
「……はい。どうしました? ……そうですか。それは重畳」
通信機を耳に当てたまま、セレナスは周囲を一瞥する。
「上層階の”掃除”が完了しました。中継基地に帰投して後、援軍となります」
『ですから、殿下には一旦――』
音漏れしているのは、(察しのつく)話を聞きたくなくて、セレナスが通信機から耳を離しているからだ。
(……まあ、騎士団員としちゃあ当然か。これでも王女様――)
グラディルの考えていたことが見透かされていたようなタイミングで、セレナスに足を踏まれた。
「――てっ!?」
悲鳴が文句に変わる前に、サマトがグラディルの口を塞いだ。
(どうぞ、お静かに。恥ずかしい真似を曝されるわけにはいきませんから)
「――――」
グラディルは渋々納得する。
「断りますわ。現状、人質と誘拐犯が迷宮下層に居る可能性は高く、最下層が誘拐犯の塒である危険性は否めません。層が深くなるほど、魔物の実力も増す。その傾向が証明されている以上、戦力に悪戯な負荷を掛けるのは下策。私達もこのまま探索を続行します。でも……そうね。使える戦力を余らせるのも難ですし、探索の為の手数を増やすことで危険の軽減に努めるのは悪手ではありません」
セレナスとしては妥協案を提示したつもりでいたが、カルナスは逆に勢いを増した。
説得の好機、とでも考えたのか。
『しかし! 殿下――』
王女はつれなかった。
「人質は、私の仕え。主としての責を損なうつもりはありません。……カルナス? 貴方の心配事を一つ、当てて差し上げましょうか? 私の隊が最下層に一番近い。それが、嫌なのでしょう?」
セレナスの通信を立ち聞きしている騎士達の空気が何処かざわついていた。
王女には是が非でも安全無事で居て貰いたいが、自分達が先陣を張れることは名誉。
そんな感情の葛藤である。
(……ああまで粘れるってことは、”騎士団の”総意ってことだよなあ……)
カルナスの胸中を申し訳なく推し量るグラディルだが、実は複雑な胸中を隠している。
騎士達の気持ちは解るが、此処で梯子を外され、セレナス共々退屈を食い潰す破目になるのは御免だった。
セレナスの、返答すら見透かしているかのような問いかけに、カルナスは答えない。
『…………』
セレナスは必要な分しか返事を待たなかった。
「配下に思われるは、主の誉れ。そう、弁えておきます。けれど、先陣の誉れは譲りません! それに――作戦地図の通りなら、最下層進入までにはまだ幾つもの階段を上り下りしなければなりませんわ。分かれ道も複数存在して、中には独立したフロアへ通じる枝道も在る。目指す場所以外には居ないという確証も手に入れることを考えますと、到底、一つの隊では手に負えませんわね」
『……!! では……?』
通信機の向こうでも、空気が微かに明るくなる。
一縷の希望、というものだろうか。
「必要ならば、隊を組み直しても構いません。最速で合流可能な隊を編成し、差し向けるように。戦力が整い次第、下層の攻略を開始します! それまでは現在の階層から移動しないと約束しますわ」
『……解りました』
通信機から紛れたため息には観念したかのような諦めの気配が在った。
「――――」
騎士達が意味深な視線をセレナスに向けていたが、グラディルは知らん顔をし、王女は無情にも(?)通信を切ってしまった。
通信の終了と共に、サマトはグラディルを解放し、騎士達は『やっぱり無理だったか……』という表情を、かなり控えめに作ったのである。
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