第23話◆差す陰・・・改
文字数 3,200文字
すかさず、クリスファルトが相槌を打った。
「
「左様。
ラファルドが無表情に割り込んだ。
「ちなみに、差出人は?」
「不詳」
「身代金の届け先くらいは――」
「不詳」
「それで? 嫌がらせと大差ない投げ
セレナスが険悪さを隠さずに宰相を詰問すると、嫌そうな顔の国王が話を継いだ。
「数週間前だ。今度は、正式な体裁を整えた
「なるほど。どちらにも
ラファルドの突っ込みに、国王がむくれる。
「
「それでは、不用意にも程が在る、では?」
ラファルドが自称魔王を第三王女の婚約相手に考えたことを遠回しに非難する。
宰相がため息を噛み殺した。
「彼の王の国は、隣の大陸にて覇を競う程の威勢を持っておりましてな」
「……魔族が、国家を――ですか?」
ラファルドが驚いて宰相を見つめ返す。
魔族は里を持てど、国は持たず。それが、世界中の常識だった。
人族よりも
人と折り合うことを考えた訳ではないだろうが、魔族も国を持つことに
それが一変するのは、魔王を
しかし、魔王を戴いてさえ、国家という形態に拘りがあるとは言い難かった。
魔王はしばしば、世界を
けれど、行為の主体は個人であり、徒党を組んでいるはずの魔族は金魚の
魔王と魔族。両者の間にはそれだけ隔たった実力の差が存在する。
そして、魔王が構える城も、領土を象徴する建造物ではない。
人間の史書に記録される魔王の7割以上は世間から隔絶した場所に居を構え、世捨て人同然に過ごすものだった。
敵対さえしていなければ、魔王の一軒家の近隣に国王家の別荘が在る、という状況も普通だったのである。
それが。突然、「国」を持った。
土地の所有を宣言し、族を統率して政治、経済、軍事を立ち上げ、人民の生活を立ち行くようにするという。
それだけで
しかも、その国家は近隣の人族の諸国と競う。人族と同じように。
魔王は単騎で世界を敵に回すことが出来る。魔王の威光と言われればそれまでだが……。
一体、何を考えているのか?
世界中の人間が知りたいに違いなかった。
「
「……じゃあ、なんだ? 脅迫状、ってことか?」
グラディルがラファルドに
「まさか。続きが有る、ということですよね?」
国王がさりげなくため息を聞かせた。
「そうだ。一週間前。別の文が来た。『少々の困り事あり。ついては、会談を持ちたい』とな」
「では、その『困り事』が――?」
ラファルドが国王を見詰める。
しかし、返答は宰相からだった。
「それを、
「恐らくは、そうなのだろうよ。数日前だ」
読め、ということらしい。
「陛下?」
始めて知る話なのか、宰相も国王を見つめていた。
セレナスに代わって、ラファルドが拾い上げると。
「今日の日付と、恐らくは入国する時間、なのだろうな。それだけの書面だ」
感情の読めない声が玉座から降って来る。
手紙はセレナスから突き返されてしまった。
国王としても、もう用は無いだろう。
しかし、一国の王が
処分に迷って視線を落とすと――文面に迷う誰かの苦々しい胸中が、書面のような文章として伝わって来た。
(王としての責務。人間に関わることへの当惑。人間の国への興味……と、期待?)
決断は先送りにして、懐に仕舞う。
そして、あの騒動での魔王の言動を、ラファルドは思い返した。
「それで、あれ――ですか。……譲歩が過ぎましたかねえ?」
「何?」
国王は
「実は……、手
「さっさと出さんか! そんなものがあるなら――!!」
呑気なくらいのラファルドに、国王がいきり立つ。
物品に関しては近衛騎士団が奏上済みなので、譲歩云々は、実はアドリブ――茶番劇、と言える流れだ。
回りくどい段取りではあるが、余計な負荷を発生させない為の作為でもある。
形式を守って情報だけを先に垂れ流しにすれば、必ず発生するものが在る。
魔族と内通、という嫌疑だ。
当代国王の業績を鑑みれば、切り出す方が間抜けと言うしかない寝言――のはずなのだが。
どうしてか、一定の説得力を持って
魔族や魔王という生き物への嫌悪なのか、信頼なのか判断し兼ねる疑惑。
それを逐一刈り取って回るのは時間と労力の無駄である。
なので、国王とセルゲート家の近しさを盾にして国王の心労を労わり、国家運営に無駄な
ただし、嫌疑が生まれても仕方がない状況だとは、ラファルドも国王も承知している。
なぜなら、誰だって持て余す。その日、突然面識が出来た相手からの
しかも、贈り主は、(自称でも)魔王、なのだから。
「残念ながら、
「やかまし!」
からかわれた国王が憤然と応対した。
「獣魔化……?」
クリスファルトと宰相が疑問の視線をラファルドに投げて来る。
国王がわざと玉座で座り直すと、宰相の目線がすっと細まった。
国王と側近だから通じる腹芸であり、”後回しにする”という勅。
そして、側近にも秘密にしていた案件が奏上には存在した――という事実の露見。
クリスファルトは意を汲んで無関心に徹しているが、視線で弾劾してくる宰相を国王は意図的に無視している。
事情を呑み込んだラファルドは胸中でため息をついた。
(人払い後、信用に
「この場での引き渡しは、慎んでお断り申し上げます。量産可能な代物だと嬉しいので」
セルゲート家に噛ませると表明すると、国王の空気がわずかに緩んだ。
蛇の道は蛇――ではないが、公国にセルゲート家以上の専門家はそうはいない。
余計な雑音はシャットアウトした上で腹心と能動的な対策を練ることが出来、時間も稼げる。
国王にとっては願ったり叶ったりの美味しい展開だった。
ただ、「獣魔化」を秘密に出来るとは国王も考えてはいない。
主導権を持って対処していけることが肝心なのである。
「任せよう」
国王の承認の下、
「よろしくお願いします」
「承った」
兄の顔を見せないクリスファルトに同道し、好奇心を明け透けにしている宰相が気になった。
「興味がおありですか?」
ラファルドが尋ねる。しかし。
「宰相。何でもかんでも、
国王が嫌々釘を刺すと、
(商売って……。元が取れるような品にはならない――んじゃないかなあ……?)
「それで? 譲歩とは?」
緩んだ空気を締めるように、国王が軌道を戻す。
けれど、何に気が付いたのかラファルドは下問には応えず、視線を外へと逸らした。
「……、終わったようですね」
「終わった――?」