第103話◆鍵(1)
文字数 4,672文字
「……んもう! ダミーとトラップばかりって、どういうことですの?!」
室の魔物を掃討したセレナスがぷりぷりと怒る。
「しゃあねえだろ。虱潰しにするしかねえんだからよ!」
グラディルが冷静なのは、突っ込み役が自分しかいないことによる。
『基地』を出発して以来、セレナスの”世話”はグラディルに一任されていた。
「愚痴の一つや二つ、零せなくてはやってられません!!」
遺跡最下層。
それらしい部屋と、それらしい二人組――全部贋者&トラップ、の連続に、セレナスは苛立ちを隠さない。
基本、誰かに当たるという性質のものではない為、一番苛立ちたいだろうグラディルでもセレナスの宥め役が務まっていた。
「……サマト、どっちだと思う? 仲の良し悪しは」
二人を遠巻きにしながら、年配の騎士がからかうようにサマトに話しかける。
「(どっちでもいい気がしますが)……息は合ってますね」
単純な事実の提示に留まる可愛くない返事をしたのは、更なるからかいの意図を敏感に察した結果だった。
サマトも出世のボーダーラインを若くして超えている身だ。
目を掛けられることも、目の敵にされることも、人並みよりは多く経験している。
「しかし、これで20組目……かつ、再編成した五つの隊で手分け中。広いとは解っていたが、こうまで手こずるとはな……」
ありきたりの世間話に移行したので、サマトも警戒のレベルを下げておく。
ただし、油断は頂けない。
「怪物とのエンカウントが無ければ、まだ、楽だったはずですが」
かれこれ二時間はぶっ通しで探索に当てている。
怪しい二人組に当たる度に戦闘が発生し、室から室へ移動する時にも一定の確率で魔物との戦闘が発生する。致命的な損害こそ一度たりとて無かったものの、探索の足を止める必要に迫られる怪我には割と出会っていた。
苛立たしくなるのも仕方がない話ではある。ガス抜きが必要になるのは、セレナスに限ったことではないのだ。
「……それでも、俺達は楽な方だ。正直、姫様のお転婆は冷や汗物だが――凶暴な牙が二本在るのは、大いに助かる! 撃ち漏らしを掃除していくだけでいいからな!」
「……先輩」
決して、軽口ではなかったつもりだが、生真面目の気がやや厳しい後輩の癇に障ったらしい。
年配の騎士は苦笑した。
「(おっと!)近衛で昇格すると、どいつもこいつも謹厳実直になりやがるなあ……」
「貴方に言えた義理ではないでしょう? 元近衛中隊副長殿!」
サマトのジト目を、騎士はあながち開き直りではない笑顔で受け流す。
「はっは! 女房にもよく言われるわ! 昔の貴方はもっと真面目だったのに……! とさ。まあ、抜ける時に抜いとくもんだ。力なんてものはな」
笑いながら頭を撫でて来る手を、サマトは無表情に外した。
近衛騎士新米時代の教導官は気の置けない代わりに、少なからず具合が悪い。
余人には知られたくない過去などを知られている相手であれば、特に。
「皆、休憩はよろしくて!? 此処も空振りだった以上、次の室の攻略に移りますわ!!」
セレナスの良く通る声が鞭のようにぴしゃりと響く。
「……ほうら、おいでなすった!」
その声には戦闘を待ち侘びていたような気配が在った。
「次こそは――だと、いいんですけどね」
サマトの声には言葉ほどの期待が籠っていない。
人質と誘拐犯が居るのは最下層とされる「迷宮」ではなく、セレナスが頼りにする古地図の、聖なる契約をかわす儀式の場だと考えているからだ。
この階層に在るのは、そこへと至る為の鍵、のようなもの――のはず。
「さあてなあ……!」
元近衛中隊副長の声にも顔にも、笑いの名残は存在しなかった。
「で? 次はどっちに進むんだ?」
グラディルが指揮官に次の方針を求める。
セレナスは行動した範囲を自動的に記帳していくという「魔法の白地図」と作戦地図とを丹念に見比べていた。
「そうですわね……(理想はこのまま一直線に突貫出来ることですけれど)また、扉が潰されてますし……右か、左か……ですから……」
器用にも、頭の中の古地図とも見比べているらしい。
グラディルは胸中で密かに呆れた。
「殿下、隊を分けますか? 再編成で増員を掛けてますから、若干の余裕は――」
「なりません。分けた分失われる余裕が、命綱でしてよ?」
別の騎士の具申を、セレナスは即座に却下する。
「しかし、時間が――」
地図から目を離さないセレナスの胸中の解説するお鉢がグラディルに回って来た。
「各個撃破が狙いだったらどうする――って話じゃないですかね? この階の魔物は妙に手強いし、通信機の機能が正常に働く距離も掴み切れてない。戦力を分割するのは簡単でも、どちらかに何かが起きた時、もう片方がすんなり支援に行ける保証は無い……ということだと」
そこに、セレナスから補足が入る。
「退路の確保という問題もありましてよ。戦力の分割は資材の分割でもある。この室に辿り着くだけでもけっこうな距離を歩き、時間を使っています。ここからさらに奥へ潜り込むのに、半分になった人材と資材で隊を支え切れまして? 退路は進むほど長くなって行きますのよ? 魔物の側に隠し玉が無いという保証も無いのが現状、ではありません?」
だったら、手前で最初から喋りやがれ!! という顔のグラディルを、騎士のため息が遮った。
「痛い所を突かれますな、殿下」
そこで、セレナスがようやく顔を上げる。
「行き止まりに突き当たったなら、引き返せばいいだけのこと。今は煩わしくとも、白地図と作戦地図の齟齬を埋めることを優先とします!」
「御意」
騎士は一礼して引き下がった。
残るのはグラディルである。
「で? 針路は?」
「右です!!」
セレナスは勢いをつけて二つの地図を閉じた。
最下層突入直前。
さらなる地下へと通じる大階段手前の踊り場で、セレナスはため息を零していた。
「……まったく、三つでいい物を、五つも付けて寄越すなんて――!」
万全を期する為に手配した後続部隊とは無事合流できた。
しかし、増援の数はセレナスが考えていたよりも遥かに余計だったのである。
おかげで、後続部隊を率いて来た隊長役の騎士が王女とその御付きの衛兵、近衛を除け者にした先遣部隊を選抜、結成し、運用し始めたのである。
冒険者さながらの迷宮探索を期待していたセレナスにとってはとんだ差し出口だった。
おかげで、今は待ち惚け――先遣部隊の帰還待ち、だ。
「帰れ! 暴れに来たんならな!!」
セレナスに負けないくらい苛立っているはずのグラディルの冷たい突っ込み。
けれど、捌け口を求めていた今は、渡りに船だった。
「解っていましてよ! 私が私の仕えの身を案じているように、騎士達も私の身を案じてくれていることは!! でも、素直には喜べませんの! ここぞとばかりに除け者ですもの!!」
(……まあ、気持ちは解らなくもねえんだよなあ……。おっさん達が張り切ってるせいで、情報も入って来なくなったし! 抜け駆けの十や二十、考えたくもなるってもんだ! でもよ、)
「解ってんなら、耐えろ! 後続のおっさん達だって、結構な無茶をやらかして俺達に追いついて来てただろう? 今此処できちんと立て直しておかねえと、後が続かないんだ。除け者は確かに面白くねえが――」
「殿下!」
サマトが硬い顔で小走りに駆け寄って来る。
「何です!?」
「先遣隊が、先程帰還。最下層までの道のりを確定させました! ですが――」
サマトの表情に不吉な気配が過った。
「……何です?」
「この増援、多過ぎることはないかもしれません」
「?」
「交戦報告が届きました」
セレナス達は速攻、現場を取り仕切る部隊長の元に向かった。
「殿下……」
「交戦報告が届いたそうですね?」
部隊長――この階層で最年長の騎士、は俯き気味に頷いた。
「損害は?」
「有りません。深刻な物は」
「軽度~中程度の損害は出た、ということね……。掃除は考えない方がいいのかしら?」
躊躇なく言葉の裏を汲み出した王女に、騎士は表情でため息をつく。
「中継基地が一つでは、厳しいかと」
今度はグラディルが言葉の裏を読んだ。
「撤退を決断した方がいい強さ、か……。後、通信もイカれてるよな?」
魔物の強さに関する情報は探索における命綱の一つだ。
生死に影響する重大な事実となり得るのだから、即時の報告が原則となる。
それが、合流地点に帰還するまで届けられなかったのである。
通信機の機能に何がしかの影響が出ていると考えるのは当然だった。
部隊長は幾分硬い顔で反論する。
「階層を跨がなければ、問題は無い」
「最下層までの戦闘に問題は?」
二人に割って入るように、セレナスが次の質問を投げた。
「ありません」
セレナスは頷く。
「ならば、歩を進めましょう。最下層前の階段に即席の前線基地を置いて、最下層の情報を集めることから始めます!」
「殿下、撤退は如何されます?」
サマトが具申するのは、セレナスがラファルド救出部隊の隊員全てに責任を持つ立場だからである。
「撤退は、ありません」
王女は近衛騎士の提案を一刀両断にした。
「何がしかの理由で、最下層の魔物を退ける力が弱まっている。それが原因で、最下層で魔物達の徘徊が始まり、その強さは現状、どうにか手におえる程度……。此処で放置したら、公国は王都近郊に深刻な脅威を抱えることになります」
「…………」
サマトは黙って耳を傾けている。
「魔物の活動の活発化が確認されている昨今、今を逃せば、遺跡に人を差し向けること自体が不可能になる可能性も否めません。是が非でも、この作戦中に任務を完遂しなければ――!」
「で? 着いたらどうすんだよ?」
肝心なことをグラディルが突っ込む。
「階段の上層と下層、二つの踊り場に通信役を置きます。その上で、虱潰しにすることを考えましょう」
「未発見箇所が在ったら?」
グラディルの突っ込み第二弾。
しかし、虱潰しを本気で想定するならば、必ず見出されなければならない可能性である。
『あれこれ改築してくれやがってますわね、組織とやらは……!』そう愚痴っていたのはセレナスだ。
セレナスの応答は間髪入れず、だった。
「それは後回しよ。作戦地図と現状のすり合わせが最優先! 戦闘をこなせば情報も集まってきます。その上で、撤退をどう考慮すべきか、決断致します! よろしくて!?」
「――はっ!!」
居合わせて会話を聞いていた者たちは一人残らず、王女に敬礼を捧げた。
「んもう! この室もダミーですのね!? ガラクタ掃除に来たわけではありませんのに!!」
手際よく魔物を壊滅させたのに、セレナスは不機嫌である。
(言い出しっぺじゃなくて良かったなあ……、俺。空振りばっかで、皆、結構自棄入ってるし)
「首尾よく探索が軌道に乗った、までは順調でしたのに! そこからが空手形の乱発だなんて……!! 全室踏破して、手掛かり無し! だなんてことになった日には――どうしてくれようかしらね!!?」
荒ぶるセレナスに応えたわけではないだろうが、迷宮の瘴気が一か所に集まり、魔物出現の前兆となる〈門〉を作り出した。
(……おーおー、荒れてる、荒れてる……)
関わりたくないので、他人事を装っているグラディルである。
それがバレたわけではないだろうが、気づけばセレナスに睨まれていた。
「……ちょっと! 相槌の一つくらい打ったらどうなの!?」
どやしておいて、〈門〉から実体化したばかりの魔物達に速攻で襲い掛かる。
セレナスとしてはただの八つ当たりなので、気の利いた答えを期待していたわけではなかったが。
「舌、噛むなよ?」
「――お黙りなさいっ!!」
壁以外の全てを片っ端から撃破していくことが唯一の憂さ晴らしだった。
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