第93話◆後始末(1)
文字数 2,560文字
「――だっ!! ……っ、せええええいっ!!!」
セルディム=マグス=ファナムの攻撃魔術〈光河天蓋〉によって適当に整地されてしまった元作戦現場で、瓦礫の山の一つが突然、気合と共に爆発し、噴煙の中からグラディルが姿を現した。
「ったく! 勘弁しろよな……。何だって、いきなり瓦礫の下なんだよ……!」
セルディムの術を阻止する為に特攻したが、グラディルは失敗した。完成した魔法陣に突っ込んで弾かれた後、真っ白な光に呑み込まれて――視界が真っ黒になったのである。
ついでに、自由な身動きもままならなくなって、抑え込むように圧し掛かって来る物を力任せに振り払ったのだった。
パラパラと降りかかって来る砂礫を払い、視界が利くようになるのを待っていたら。
「――このっ、お馬鹿猿!!」
横っ面に鉄拳を喰らわされた。
「ごふっ?!!」
盛大に吹っ飛ばされたのは、受け身も取れなかったからと、粉塵が煙幕になってしまったことを差し引いても、秀逸な不意打ちだったからである。
「全く! 逐一他人を驚かさなければならないなんて、どういう神経をしてまして?!」
鉄拳の主は第三王女セレナスだった。
ぷりぷり怒りながら、グラディルに近づく。
「無事でいてくれたのは結構ですけれど! あの登場の仕方は、何です!? 捜索隊に二次遭難や三次被災等々が発生しましたら、どう責任を取ってくれるつもりでしたのかしら!!」
そして、あろうことか、グラディルの脇腹に蹴りを見舞った。
「……姫様……」
剣幕の凄さは勿論のこと、目元に滲む涙のせいもあって、休暇を切り上げて緊急出仕に勤しんでいたサマトをしても、
(お気持ちは解りますが、自力生還出来たなら大したものですよ……?)
という現場の認識を耳打ちして、諫めることは出来なかったのである。
「何してくれやがるんだ!?」
「傍迷惑な真似をするからです!!」
「ああっ?! 瓦礫の下で、どうやって外の状況を知れってんだ!?」
起き上がるなりセレナスに噛みつくグラディルは、脇腹になど頓着しない。
(頑丈……いや、回復が早いのか? 手荒に扱っても許される気がしてしまうが……)
本音はともかく、見て見ぬ振りをしながら二人を見守るのはサマトを始めとする騎士達である。
セレナスを初めとする作戦現場で踏ん張っていた団員たちは、魔王、クリスファルト、王都の三重の結界の恩恵で難を逃れた。
建物にこそ一定の被害が発生したものの、人的被害はほぼ0。だが、ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、グラディル一人だけの消息が知れないと発覚して緊急の捜索隊を結成(勅許あり)、セレナスが指揮を執っていたのである。
心配を掛けさせておいて、捜索現場のただ中で傍迷惑な真似をしでかすのだから、制裁の一発や二発は当然。
それが、セレナスの素直な胸中だった。
だが、グラディルからしたら、掛けたくて掛けた心配でも迷惑でもない。
地上で戦闘をしていたはずなのに、気が付いたら瓦礫の下、だったのだから。
そんなことを言われても困るのだが――傍迷惑な真似をしてくれた犯人に心当たりが在った。
(ファール……! 後で絶対、とっちめ――いや、待遇改善だな。を、直訴すっからな!!)
ラファルドだ。
グラディルが持たされている特製お守りを媒介にすれば、数秒で百人に分身するような、結構無茶な真似も出来る。
気に食わない相手とはいえ、涙を拝む破目になった居心地の悪さは苦情に値するはずだった。
直訴が裏目に出る――サディスティックに握り潰される、可能性は、敢えて考慮しない。
学習能力無し判定が待っていたとしても、言うべきを言えないとラファルドと友人では居られない。
「そういや、ファルはどうした?! ラファルドは!!」
一番肝心なことを思い出したグラディルが、一転してセレナスに迫る。
いきなり肉薄された主人は、反射的に自分の仕えを殴ってしまった。
「……攫われました! 貴方が埋まっていた場所の更に下――崩れた瓦礫が支え合って出来ていた隙間ですわね。そこに隠されていたことまでは確認が取れていますけれど」
何すんだ!! とセレナスを睨んだのも束の間、グラディルから表情が消えた。
もう用は無いとばかりに、セレナスから背を向ける。
「碌な手がかりも在りませんのに、何処へ行くおつもり!?」
棘のある声でセレナスが引き止めた。
「あれだけデカい図体が、誰にも目撃されてねえなんて、在り得ねえ! 王都民全てが大人しく避難してたわけじゃねえだろう!!」
「空が白む前――夜半の逃亡でしてよ。目だけで追えるものではありませんわね」
グラディルはようやく気が付いた。
「随分悠長じゃねえか、手前……!」
セレナスは立場上のこととはいえ、ラファルドとグラディルの雇用主。
その身柄の扱いには責任が発生する。
誘拐犯の消息が分からないからと言って悠長に構えていたら、顰蹙を買い、信用を失うはずだった。
セレナスは、本音はともかく、余裕風を吹かせて見せる。
「ゼルガティス陛下に追跡をお願いしていますから。貴方の盲滅法な鼻よりも、余程期待できましてよ?」
「――――」
上から目線とも取れるセレナスの言動が、グラディルの苛立ちにムカつきを加算させた。
しかし。
「それから」
一瞬で間合いを詰めると、セレナスはグラディルの足をわざと痛くなるように踏んで、腹と鳩尾に二連蹴り、両頬に裏拳で一発ずつ制裁を加える。
「いい加減、身の程と口の利き方を弁えなさいな。今の貴方は、私の衛兵。雇用主の責任の下、使われる立場に在るのです! 勤めも果たさずに私情に走るなど、笑止千万。制裁を受けたところで、文句を差し挟む資格も権利も在りませんわ!! ……お解かり?」
地面に蹲って腹をさするグラディルの目には、涙が滲んでいた。
「……ぐっ、ち……畜生っ! こんな碌でもねえ職場……さっさと、依願退職してやる――!!」
険悪になり始めた空気を掻き回したのは。
「ほう? お前の父親は、女と本気の喧嘩をしろと教えたのか?」
妙に迫力のある雰囲気の国王と、
「陛下、陛下! 娘御可愛さはごもっともながら、此処はもそっと忍耐をしませい、忍耐を。稚気溢れる若人の茶目っ気ほど、後々に至るまで効果的な黒証文となるものはありませんのですぞ!」
諫めているのか、煽っているのか判らない(しかし、より確実に性質の悪い)、呑気な風情の宰相だった。
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