第37話◆弟たちと兄・・・改

文字数 2,812文字

「殿下――と、……ファル……」

会いたくなかったと語る兄に、ラファルドは綺麗な笑顔を向けた。

「おや、まあ。クリス兄さん、何か悩み事でもお有りですか?」

その奥には物騒(ぶっそう)なものが(ひそ)んでいる――と気づかないはずが無い。
追い回していたのがラファルドなら、逃げ回っていたのはクリスファルトである。

「……生憎(あいにく)と、もう見つかったよ。なあ、フィル?」

さっ、とすぐ上の兄の影に隠れた六番目の弟を、三番目の兄は見逃したりしない。
そして、すぐ下の弟を追って、自分から目を()らした兄をラファルドは見逃さなかった。
さらにそして、そんなラファルドをその(セレナス)同僚(グラディル)が目の(はし)に留めていたのである。

(ふうん……。クリス兄さんはフィルを回収したい、と。……(やかた)が差したかな?)

館の誰かが()(ぐち)をした可能性を、ラファルドは見た。
フィルグリムが独断で、家出同然に出て来たならレテビルがとっくにクリスファルトの役回りを演じている。
けれど、第三王女の応接室でのレテビルは従者(ずさ)の位置を(くず)さなかった。
ならばきっと、フィルの自由を(こころよ)く思わない誰かが手を回したのだ。

(変わっていない、んだろうなあ……!)

本末転倒にまで到達した(はい)神祇(じんぎ)主義を自覚していない。
だから、ラファルドは出奔(しゅっぽん)を決断したというのに。

「フィル?」

ラファルドは詳しい事情を聞きたかったのだが。

(いや)だ! 兄上と一緒にお昼を食べる!!

硬い声で突っ()ねられてしまう。

「フィル!」

クリスファルトは無表情の中に怒気を隠して、フィルグリムを引き渡すように(せま)った。
しかし。

「兄さん。殿下の()了承を取り付けてから、にして下さいね」

「――!? ファル、お前!」

愕然とする(クリスファルト)だったが、(ラファルド)からしたら自業自得だ。
()ねさせておいて、どうして自分の事情を()んで(もら)えると思えるのか。

「殿下の御提案で、これから昼食を摂るんです」

「兄上!」

喜ぶフィルグリムの頭を、ラファルドは()でてやった。

「クリスファルト様、何か問題でも御座いまして?」

決して演技ではない、素知らぬ顔でセレナスが問えば。

「いえ、殿下を(わずら)わせることではありませんが……フィルグリムが、(自分の)予定に無い登城をしたと知らされたものですから――」

じろり、と兄の威厳を込めてフィルグリムを(にら)むが、知らん顔をする六番目の弟は一顧(いっこ)だにしなかった。
腹立ちを隠して見切りをつけると、別の突破口を求めて話を振る。

「そういえば……フィルグリム――六番目の弟を御存知でしたか?」

「ええ。先程、ラファルドを訪ねて来まして。その時に、紹介に(あずか)りました」

兄が余計な足掻(あが)きをする前に、弟はそっと台詞(せりふ)を差し込んだ。

「兄さん。殿下の御厚意で、宮城の昼食を頂けるんだよね。手配ももう終わってるし。フィルの気分転換にも丁度(ちょうど)いいと思うよ? 館が時として、とんでもなく窮屈(きゅうくつ)に思えるのは、クリス兄さんにも(おぼ)えが有るよね?」

フィルグリムが強引にお出かけを決めた理由だろうものを明かしてみる。

「……それは、まあ――。しかし!」

それでも、兄は館の肩を持つつもりらしい。
おまけに、自身の(ざい)状はすっかり(たな)上げになっていた。
これでは可愛い弟いえど、兄に赤点をつけるしかない。

「兄さん? (ぼく)だって、一人で登城したなら、フィルを(しか)るよ? でも、兄さんにも内緒で宮城に(あそ)びに来たこと以外に、何か問題でもあったっけ?」

「ファル! ……お前なあ」

クリスファルトは、きっと、こう言いたいのだろう。
俺の事を何だと思っているのか!? と。
けれど、忘れて貰っては困る。兄ならば、尚のこと。

「そうそう。親睦(しんぼく)を深めるにも格好の機会だっけ。どうです? クリス兄さんも一緒に」

「――、!?

盛大に異議を(とな)えようとラファルドを見上げたフィルグリムを、気配を隠してその後ろに回ったグラディルがそっと足で小突(こづ)いた。

「それは――」

僕のことを何だと思っているのか!! と叩きつけたいのは、ラファルドも同じなのだから。

「ざっくばらんに、腹を割って話し合う時間と機会を持つのは、(たと)え、兄弟でも有意義なもの――ですよね?」

クリスファルトに向けられた笑顔に(あふ)れる意味深な迫力。
賢明な兄としては、白旗を上げておくことこそが肝心だった。
周到な準備が在ってなお、太刀打ちもままならない(ラファルド)だ。
腹に一物がある現状では、触らぬラファルドに勘気無し(?)である。

「――遠慮(えんりょ)しよう。……けどなあ……」

精一杯の抗議として、クリスファルトは弟たちを見(くら)べた。
フィルグリムはクリスファルトの視線を嫌うように、ラファルドの後ろに隠れ続けている。
流石(さすが)に、ラファルドも(あき)れてしまった。

「……随分、避けられてますね?」

「そりゃまあ、口うるさくしてるからな」

クリスファルトが立ち位置を変えると、その分だけフィルグリムも移動して隠れ続ける。
ラファルドが兄に加担しない以上、妙な鬼ごっこは終わらないのだった。

(さて、どうしたものかな……?)

クリスファルトが口うるさくなる理由は解らなくもない。
さりとて、素直に気持ちを汲むわけにも行かなかった。
神祇の異能まで駆使したラファルドの追跡を何食わぬ顔で逃げ切り、その腹を変える気は微塵も無いのだから。
けれど、納得できる着地点(別名、妥協点)が必要なのは兄も同じだろう。
ラファルドは館を出た。
兄からも、弟からも、距離を置いているのである。

「まあ、お付きが居て尚心配、という兄さんの気持ちも仕方がないことですかね」

「兄上!」

抗議してくるフィルグリムの顔は何処(どこ)までも健気(けなげ)だった。
それを見()えるクリスファルトの顔は決して、(だま)されない! と語っているのだが。

「フィル。館に戻る前に、伯母(おば)上に顔を見せに行くこと。いいね?」

「……え? あ、はい」

フィルグリムの同意を取り付けてラファルドが見()れば、クリスファルトも仕方が無いとため息をついた。

「――解った。折角(せっかく)の登城だ。精一杯、楽しんできなさい」

「兄さん?」

兄の顔は何処までも渋かった。そうは問屋が卸しませんよ、と脅迫されているからだ。
なぜ、脅かされるのかと言えば。
腹を見透かされているからである。

「…………解ってる! 話をする時間も作るから――」

「……うー……、ねえ、兄上」

目の(はし)に涙を(にじ)ませ、ラファルドを見上げて来る。
伯母上の所で、クリスファルトが待ち構えていると解っているからだろう。

(甘やかしてあげたいけど、なあ……)

「フィル。父さんとハルトにもよろしくね」

「はあい」

ラファルドの制服に顔を(こす)り付けて涙を(ぬぐ)い、甘やかして、とばかりに体重を(あず)けて来る。

「仲がよろしいのですね」

決着を見て取ったセレナスが微笑むと、クリスファルトは赤面した。

「いや、お恥ずかしい所をお目に掛けました」

「いいえ。微笑ましく思いましたわ」

セレナスは第三王女。兄弟が居ないわけではない。

(腹が違えば他人、か――)

「では、殿下。どうぞ、ゆるりと良い一時を」

「有難う御座います、クリスファルト様。……さ、参りましょう」

優雅な一礼を残して、王女様御一行は立ち去った。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物を紹介していきます――のコーナーなのですが、

作者にちょっと暇と余裕がないので、とりあえず、名前がメインになります。


申し訳ありません!


基本的には短編集の時と同じように、適宜かつ随時、継ぎ足していく予定です。

よろしくお願いします!

●グラディル=トラス=ファナン

:勇者を志す、軍学校所属の少年。10代の少年としては大柄で、筋骨逞しい外見の持ち主。

父親は公国の公認を得ていた先代勇者。恵まれた身体能力、回復能力を持つ。

市井の、貧しい方に入る家庭の出。

竜の血と呼ばれる異能を継いでいる。

自分の父親のせいで、ラファルドの父親が異能を喪失したことを、ずっと気に病んでいた。

〈竜気〉の使い手。


●グレゴール

:勇者試験参加者を統率する、軍学校の教官。グラディル達のクラス担任でもある。

生意気盛りの生徒たちから一目を置かれる程度には凶暴。

●ラドルフ

:軍学校在籍の少年。グラディルの級友。背丈は同程度だが、身体の厚みではややグラディルに劣る。

冷静な言動を好む。勇者試験に参加している。


●ヴァッセン

:軍学校在籍の少年。グラディルの級友で、悪ガキ仲間。中肉中背。

就職に有利になるかと考えて軍学校の門を叩いたが、軍人としての将来は考えていない。

勇者試験の参加は見送った。三人で一番現実的。

●ラファルド=ルヴァル=セルゲート

:王立大学付属の高等学校に通う少年。中肉中背。グラディルと腐れ縁の古馴染み兼監督役。

学生寮で一人暮らしをしている。

異能の血族の一人にして、神祇の一人。大人顔負けの才覚を持ち、発揮する。

その影響なのか、反動なのか。必要以上に大人びた、可愛気に欠ける言動が目立つことも。

国王と親戚付き合いをする(父親の縁)けったいな家の出。

年々、異能が衰えていることを、グラディルに黙っていた。

●ガルナード=アストアル

:セレル=アストリア公国国王。ちょっとお茶目な働き盛り。

趣味はこっそり宮殿を抜け出すこと、強者との勝負。

国王の重責を理解してはいるが、同時に辟易している部分がある。

もしかしなくても、娘馬鹿。公国最強の武人としても有名。

大人気ないこともあるが、それすらも確信犯である時が多い。

親友の息子の一人であるラファルドは可愛気に欠けることが多い(割と危なっかしい)

「甥っ子」みたいなもの。


●ミラルダ=マインズ

:第三王女に仕える王宮の古強者の一人。肝っ玉おっかさん。

主人のお転婆が少々悩みの種。幼馴染の紹介で王宮で働くようになった。

庶民出の出世頭として、割と有名な人。


●アスカルド

:近衛騎士団長を務める男盛り。近衛最強だが国王には及ばず。

第三王女の素行の被害を(立場上)一番よく被る人。

取り潰しに遭った、とある貴族の家の出身だが、家に興味は無い。


●シュヴァルト=アインズ=グレスケール

:辣腕で名高い公国宰相。元々は王族の家系。

娘を国王に近づけ、さらに実権を握ろうと画策中。

才色兼備のロマンスグレーだが、国王にはしてやられることが多い。

昔の恋を今も引きずっている……らしい。


●クリスファルト=ダグム=セルゲート

:ラファルドの兄。少年時代はやんちゃだったが、今は生真面目のきらいあり。

爆走を辞さない弟たちに振り回される運命……なのか?

政治感覚に優れているが、神祇としての序列は高くない。

●セレナス=アストアクル

:公国の第三王女。市井では「白百合姫」と評判を取る美少女。

しかし、その正体は……。

孤独を負いつつも、快活な少女だが、何故かグラディルには当たりがきつい。

思わぬことから、魔王の見合い相手に選ばれていたことを知ることになった。

グラディルが羨ましい……らしい。

傍目には、結構残念に思えるところが在る。

●ラシェライル=ヘディン

:グラディルの幼馴染の少女。美人。

グラディルよりも遥かに早くから、かつ長く、王宮に勤めている。

しっかり者。粒は小さいが、上等な紅玉をお守りとして持っている。

●男

:裏町で一定の悪党をまとめ上げる人物。

下町ではそれなりの大物と思われているが、裏社会では下っ端階級の中間管理職。

鼻が利くことと、人を見る目の確かさが取り柄。

今回は面子が邪魔して、裏目に出た。


●依頼人

:仮面をつけた余所者。悪意を以て謀(はかりごと)を為そうとしているようだが。

男に看破されているように、悪党のことは一欠片も信用していない。

魔王征伐を企んでいるらしい。

公国主催の晩餐会に満を持したように登場した。

他者から魂を奪い、魔族に生まれ変わらせる異能力を持つ。

●セルディム=マグス=ファナム

:グラディルの叔父。事情が在って、故郷を離れていたが、久し振りに公国に戻って来た。

体調に不安あり。雄偉な体格をしているが、背丈はグラディルの肩程度。

制御を受け付けない血の力に苦悩し、方策を求めて彷徨っていた。

晩餐会での騒動に、悪意を以て加担したと言明する。

とある組織に在籍していたらしい。

多重人格者?

●サマト

:第三王女付き近衛の一人。姉と妹がいるため、女性の扱いには多少、慣れている。

近衛騎士団の、若手出世頭の一人であり、誰からもやっかまれるような男前だが、凶暴につき。

第2話で、少年二人の前で膝を折ったのはこの人。

侍女頭には負けるものの、第三王女と(心情的に)近しい関係を築いている。

●サティス

:魔族。獣魔遣いの一人。

魔族ではゼルガティスに好意的な方だったが、生真面目な部分もある。

黒幕にはなれないタイプ。


では、何故、離反するような真似に出たのか……?

●ゼルガティス

:魔王を名乗る魔族。本拠は海の向こうの大陸に在る。

青年然とした暴れんぼ将軍系?

往生際の悪い所があるようだ。

●ラジアム=グリディエル

:騎士団所属の騎士。

元傭兵であり、騎士の中では柄が悪く、王家にも騎士道にも夢を見ていない。

一見、がさつに思われがちだが、人品・技量共に確かなものがある。

中堅どころ。

???

:謎。魔王ゼルガティスに悪意を向けている。


●フィルグリム=ソラス=セルゲート

:ラファルドの弟。もしかしなくても、利発。

神祇としても優秀であり、将来の為に、今から不自由な生活を強いられている。

ちなみに、「兄上」が指す相手はラファルド一人だけ。他の兄を呼ぶときは、「○○兄上」のように、名前が入る。

成長期はこれから。


●レテビル=スラウフェン

:フィルグリムの補佐と監督を兼務する青年。

グラディルが目を付けたように、武芸に長けている強面。

主人のことは大事に思っているが、感情として発露することは稀。

一度は、ラファルドのお付きになる予定が在った。

●大使

:晩餐会に招待された異邦からの客人。

セレナスのことを気に入っている。

実は、とある人物の変装だった。


●魔族

:突然、晩餐会に乱入してきた。

ドルゴラン=セグムノフを名乗っている。

戦闘の最中、怪物へと変貌した。

さらには魔人へと脱皮し、猛威を振るはずだったが――。

主の意志に従い、戦場から退場する。元人間。

ある人物の影武者をしていた(主命)。


●ドルゴラン=セグムノフ

:最初は魔族を影武者にして、正体を偽っていた。

正体は……どうも、声とは違っているらしい。

そして、公国王室の縁戚だという事実も発覚。

恐るべし、公国の良心! である。

実は少女だった。


●フォルセナルド

:魔族。「依頼人」の名前。

先代魔王の血を引いており、人間風に言うならば王族に相当する。

ただ、仲間内での評価は、鼻っ柱だけ、と辛目。

魔王ゼルガティスの事は登場からよく思っていない。

身内にはやや甘いところもあるが、敵対する者には基本的に非情。

●ディムガルダ=セルゲート

:ラファルド達兄弟の父親。セルゲート家先代当主。

先代国王の治世から公国に仕えている、筋金入りの仕事人。

穏やかで鷹揚な気性に騙されると、偉いことになることがある。

国王ガルナードが常に一目を置く、公国最”恐”の人物であることは忘れられてはならない事実なのだが、

結構な頻度と確率で忘れら去られる、恐るべき人柄の持ち主。


●クラウヴィル=ファランド

:クリスファルト=セルゲートの仕えたる武士。

勤務中は冷静無私だが、非番中は喜怒哀楽が豊か。

クリスファルトにとっては、気の置けない友人でもある。

●白い竜

:突如として城下に出現した、白い体躯の巨大な竜。

その正体はセルディム=マグス=ファナムだった。


●ジェナイディン

:ゼルガティスの国で、執事の役割を務めていた高位魔族の一人。

主であるはずの魔王に謀反を仕掛けた。


●半裸の男

:???


●貴様

:半裸の男とは相容れぬものながら、対になる存在。とある事情から、この世界においては姿形が無い。

●それ

:セレナスの窮地を救った何か。転移符の首飾りを持ち去ったのは対価……というか、辻褄合わせの為。

その正体は……爆笑で神様とラファルドの間に割り込んだ何かであり、神前の魔。

神前に構える魔は補佐であり、守りであり、牙で在るもの。背後に在るのが宝であれば、神器レベルの逸品の守護者。だが、背後に「神」を戴くその時は――最凶最悪の寓意として、恐るべき本性を備え、現すことになる。

なぜならば、神聖の極点である「神」が魔を従える――それは、”世”の事象全てを司り、制する「万象の王」の顔を現すからだ。


●青年

:その正体は謎……、とか言うまでもない。神様。

ただし、セルゲート家が伝える”神様”とは、別の存在であるらしい。


●イーデンナグノ=ソルド=ファラガンオルド

:”亜”世界でグラディルを待ち受けていたもの。自称している通り、〈混沌〉を肉親に持つ極めて稀有な竜種。竜であることを自他共に任ずるが、その正体は「竜」という括りからも遠くかけ離れており、竜でありながら、如何なる竜のカテゴリーにも属さない。力有る神々をして、悪夢の存在と言わしめる〈古代種〉の「竜王」。その最強(最凶)をして、”化け物”と畏怖させる実力を持つ、という。


●イーデガン=ファラグノルド

:古文書に時折名前が出て来る伝説の竜神。〈光炎神竜〉の二つ名が特に名高い。

しかし、実在を確かめた人間は存在しない為、御伽噺の住人だという声が強い。

ただし、世界にまつわる秘密を知るようになると、その存在を疑う者はいなくなるのだとか。


●白双

:双頭の白竜、そこから来た異名。ただし、二つの頭を持つ竜王はそう多くない。

〈古代種〉に数頭存在する程度、らしい。

グラディルの前に現れた白双は事情が在って、本来の姿からはかけ離れた状態にある。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み