第127話◆新たなる日常(3)
文字数 2,768文字
「――お、お父様!?」
「陛下――!!」
何処か眠そうな表情の公国の英雄を前に、絶句で済んだのがラファルドとセレナスであり、飛び退き土下座をして泉に落ちかけたのがグラディルである。
「……全く。騒々しいにも程が在る。清々しい朝を味わって来たばかりなんだがな……」
割とがさつにグラディルを救助すると、国王はのんびりと欠伸をした。
(……一体何処で……?)
と、ラファルドは胸中で突っ込み、セレナスは、
「それは無礼を致しました」
と、場を取り繕った。
「それで、お父様。責任と諸々の費用とは……?」
不吉な気配を感じた言葉に、セレナスは確認を入れてみる。
特に、「費用」の一語にはグラディルも敏感に反応した。
何食わぬ顔をしていたのは国王だけである。
「決まっておろう。責任は責任で、費用とは主に人件費だ」
「…………」
要領を得なかったのが二名と、言わんとすることを察したのが一名であるが、内訳は明記しない。
「も、もっと具体的に……!」
突っ込んで来た弟子に退屈な一瞥を与え、師匠は考える素振りを見せた。
「そうさなあ……、……ん? 何だ? 外が妙に騒がしいような……?」
まだ、微かな物音に過ぎなかったが、公国の英雄が顔を向けたのは三人の来し方。
申し合わせたように、三人は一斉にぎくりとした。
「――いけません! 私、急ぎの用事が在るのでしたわ!!」
公国の英雄は不思議そうな顔をする。
「……急ぎ?」
「ええ。今日は、昼食を城下で摂る予定でして。〈羊のどぶろく亭〉に予約を入れてありますの! さ、ラファルド、グラディル! 行きますわよ!!」
セレナスの口調こそもっともらしいが、御付き二人には今この場が初耳である。
男三人から意味深な視線を貰いつつ、セレナスは御付きの手を取って、強引に藪の中へと逃げ込んだ。
「……最短距離を選ぶ、か……。まずは、遊び友達から――かな……?」
公国の英雄は何処か呆れた表情で、娘とその御付きが消えた方向にため息をついた。
「怒ると洒落にならないお父様ですもの……。藪蛇になる前に、逃げ出すのが正解ですわね!」
『王族専用』だとかいう秘密の抜け道を駆使して、宮城からまんまと脱走した王女様御一行は、無事、市街に紛れ込んだ。今は強硬策(捕まる前に逃げる)によって生じた(主に)精神的疲労を癒す為、異世界渡来の軽食を振舞うカフェで小休止。店内三階の窓から遠い壁際の一席で、セレナスがハムタマサンド、ラファルドが旬の果物をフルーツソースにしたフルーツソースサンド、グラディルがチキンバーガーを頬張っている(飲み物は三人とも牛乳)。
長方形のテーブルを二人掛けのソファ二つで挟み込んだ席の内、セレナスが奥を一人で使い、ラファルド(奥)とグラディル(手前)は手前(より窓に近い)側の席で睨みを利かせていた。
「……、脱走せずに、しおらしくしているのが一番なんじゃねえか?」
今更ながら、グラディルが一番らしくないことを言い出す。
「お黙りなさい!」
すげなく却下されると、グラディルは普段の(何処か剣呑で、若干攻撃的な)顔に戻った。
「だったら、吐け。脱走を企んだ理由は何だ!?」
店内の耳目を意識して声量を抑えてはいる――凄みという点では逆に悪化している、が、グラディルが質す。
「ちょ、ちょっと! そんな言い方をしたら――」
口の利き方云々で喧嘩になるのがもう何度目になるのか、考えたくないラファルドだった。
「んだよ!」
「ちょっとは学習してってこと!」
「――あ?」
諫めが逆に口論の火種に化ける――セレナスも随分と見慣れた展開に、(自分を棚に上げて)ため息をつく。
「……脳味噌まで筋肉で出来ている人種が存在すると聞いたことがありましたけれど……。まさか、目の前に見本が在りますとはね……!」
「――殿下!!」
ラファルドは言葉でセレナスを、脇腹に肘でグラディルを諫める。
その甲斐は在って、「……お前にだけは、言われたかねえよ!!」の一言は阻止された。
代わりに。
「………この、女……!!」
なる、獰猛と物騒を兼ね備えた呟きが零れてしまったのだが。
しかし。
「私たちは皆、力をつけなければならない、でしょう?」
「!!」
「――!?」
唐突な、そして、妙に真摯な王女の言葉に、ラファルドははっとなり、グラディルは何か変な物でも食いやがったか? と驚いた。
「求める力がどのような類のものであれ、資本となるのは健全なる五体。つまり、生まれ持った身体なのです! それを鍛えずして、どうしますか!!」
「…………」
言わんとすることがピンと来なかったのがラファルドであり、聞いて損したとため息にしたのがグラディルだ。
「だからって、猛獣を通り越して凶獣呼ばわりされてるのを狩ろう! なんて発想になるんじゃねえよ……!!」
(……成程。結論が突飛で、アレに思えたけど。思考の成り立ち――というか、過程そのものは案外まともなんだね……)
「で? 〈羊のどぶろく〉で飯を食おう、ってのは?」
「部屋付きの騎士達の会話を小耳に挟みまして……。『精をつけるには、〈どぶろく亭〉の特盛焼肉定食が一番だ!』と」
ふと、ラファルドの表情が曇った。
「……(精、って――)ちなみに、それは何時お耳に?」
「ええと……、昼休憩で交代する時でしたわ。……何か、可笑しなことでも? 精とは、体力とかスタミナのことでしょう?」
「……ええ、まあ……」
(まあ、夜の営みで重要なのも、同じ字をあてるっけね)
歯切れの悪いラファルドに対し、何食わぬ顔のグラディルは心の中で突っ込みを決める。
ラファルドの歯切れの悪さは過剰に反応したことを自覚したからだが、その原因は、降って湧いた第三王女に奉公する任務の背後に蠢ている、邪悪な陰謀の存在を確信しているからだ。
「……ふうん……」
疑わし気に、白い眼を向けつつも、割と真っ当な理由だと、グラディルは及第点をつけた。
「いけませんかしら?」
セレナスは改めて事の是非を問う。
「昼飯だけなら、別に」
「当然! 夕方までは、流石に時間を無駄にし過ぎますわ!」
「だとよ?」
グラディルが最終判断をラファルドに託すのは、グラディル自身も肩の凝らない場所で昼飯を食べられることを歓迎しているからだ。
「ん。なら、いいんじゃない? (今日は一蓮托生、一蓮……)」
宮城に戻ったら、小言と灸が待っていることをラファルドは忘れていない。
「では、意気揚々と出発しましょう!」
セレナスとグラディルが同時に席を立つ。
ふと、ラファルドの勘に引っ掛かったものが在った。
「……あれ? そういえば(何で、陛下とあんな場所でバッティング――)……」
「おーい! 早くしろよー」
「あ、うん! 今行くから……!」
国王も王宮を脱走していた事実を甘く見たことを痛烈に後悔することになるのだが――――それはまた、別の話である。
―「DRAGON BLOOD REVOLT」 了―
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