第44話◆拗ねる・・・改
文字数 3,787文字
更衣室兼物置の整理整頓が一段落したタイミングで、ラファルドが紅茶を差し入れる。
「……おう、お疲れ――って、疲れるような事じゃないだろ? こんなの」
紅茶を受け取ると、グラディルはソファに腰を下ろした。
魔王陛下の登場により、身内の気さくな昼食の時間は政治と謀議の場へとスタイルチェンジ。
第三王女の付き人に過ぎない二人は退場を命じられ、中途半
「君のお師匠さん、
テーブル越しにグラディルと向かい合い、ラファルドも紅茶に口をつける。
自分で
けれど、あまり自信は無い。自分よりも明らかに上手な人間が目の前に居るからだ。
気にしても仕方が無いし、気にするような玉でもない。
それでも聞けば、家の手伝いで自然に身についたのだという。
(……何でだろね。羨むような事じゃない――はず、なんだけど……)
人に
一市民の平凡な生活という点において、全く頭が上がらないのだ。
ちなみに、整理整頓だって出来ないわけではない。……人に指示することが多かっただけで。
自分の部屋の私物を何処に置くかぐらいは自分で決めていた。
でも、複雑になる。てきぱき動くグラディルを見ていると。
自分は何もしなかったのではないか。何もできなかったのではないか。
そんな感情が
(待って、待って、待って……!! 何かしようとする
不本意でも、グラディルに任せてしまうのが一番穏当だと解っている。
ラファルドが頑張ると、畑仕事で温泉を掘り当てるから畑仕事が台無しになる――のだから。
そもそも、肉体労働はグラディルの独壇場だ。例え、整理整頓という軽作業でも。
労働向きに鍛えていない自覚もある。素直に裏方に
茶を淹れて
応答に不自然なくらい間が空いたのは、ラファルドの沈没を察して眺めていたからである。
「……ああ、あれ。気にするだけ損、損。俺様をもっと
そして、菓子と一目で判る
食べられるのか、食べても大丈夫なのかを判定してくれ、ということだ。
ラファルドの勘は笑えないほど当たる。
それを承知しているのは、グラディルだけではない。
けれど、化け物じみていると敬遠しないのも、日常生活的なことにも役立てようと目論むのも、家族以外ではグラディルしか知らない。
「……良かったの? あんな言い方して」
複雑な感情を折り畳んで水を向けると、相棒から
「テラスから放り投げてくれやがったんだぞ……! ちぃとばかし
「(あらま。因果応報だったんだ……)そ。だったらいいけど」
ラファルドは包みを
何時から更衣室に在った物かは解からないが、問題がありそうな
中身を引っ張り出すと、焼き
「ん?」
今更みたいなタイミングで、グラディルが理由を
「意外と
悪い感じも受けない。
包装を破くと、個別に包装されたクッキーが勢いよく飛び出す。
テーブルに散らばった一個を拾い上げて包装を破き、匂いを嗅いでから袋に残った適当な量をグラディルに渡した。
「へえ……。割と大人気無いってのは解るけど」
丸く、ドライフルーツを宝石のようにあしらったクッキーをラファルドが試食。
生地は甘味を抑えたバター風味で、ドライフルーツは意外なくらい蜜をたっぷり含んでいた。
ちなみに、不思議なくらいお腹を壊さないのがラファルドで、意外と腹を下すことがあるのがグラディルだ。
虚弱体質ではないが、感情がマイナス方向に傾いている時に変な物を食べるとそれなりの確率で
グラディルは何かに思い当たったように目を瞬かせた。
「――あ。あれか? 仕事ほっぽり出したってのが丸解りだったから、迎えの連中に引き渡したんだけど、後日報復された――って、
ラファルドは
「そう、それ。昼食の時の感じだと、絶対に仕掛けてくるね。一応、TPOは考えてくれるんだけど……。気を付けてね。油断してる時に喰らうと、相当来るから!」
グラディルも
腹の足しにはなりそうにないが、十分に美味しい。……ちょっと、古いけど。
「オーライ」
そして。
「あ――、そうそう。
「ん? ……ああ、マグ叔父さんか! そういや、頼まれてたっけ。礼を伝えてくれ、って」
思い出したように手を
座りながらでもいいだろうに、律義な所が在るとラファルドは思う。
「ありがとな。
「いいよ、そんなことは。普段と大差無かったから。ラディで慣れてるしね!」
ラファルドとしては、特段、骨を折ったつもりは無い。
加えて、グラディルの普段が普段なので、素直に礼を言われるのは妙にこそばゆかった。
しかし、途端にグラディルの顔つきが変わったのである。
「やっぱり、叔父さんも――」
そして、グラディルも待ち構えていたようなラファルドに気が付いた。
「――持ってるんだね、君と同じ力」
「………………。……まあ、当然じゃねえか? 親父の弟だから。俺より血は濃いさ」
「だよね。じゃあまた今度、
納得したように頷くラファルドの肩をグラディルが
「大丈夫なのか? ……そりゃ、頼めれば、
「大丈夫、大丈夫! この前みたく、大技ぶっ放した後じゃな――って!」
肩を掴むグラディルの手に力が籠り、ラファルドは顔を
「本当――、だな?」
どちらかと言えば悪友の、真剣な表情が目の前に在る。
心当たりがあってギクりとした――とは、口が裂けても言えない。
「……だ、大丈夫だって! 本当に――」
「こんなこと言えた義理じゃないけど。俺は、親父が親父さんに掛けた迷惑のことを忘れたわけじゃ――」
すっ、と、割り込むように影が差した。
「ぐはっ!」
「ふごっ!!」
拳で不意を打たれて、少年二人は床に
妙に
入室に気付かなかったのが失敗と言えば失敗か。
気配を殺せる主君だということは、すっかり失念されていたのである。
おまけに、尋常でない的中率を誇るラファルドの勘も発動率が100%でないのは玉に
「本当、いい度胸ですわね。
ラファルドが握っていた菓子に気づくと、セレナスは罰とばかりに取り上げてしまう。
「……て、てめ、……昼、やす、み――」
グラディルの主張はセレナスが戻って来るまでが自分達の昼休み――
「ええ、存じてましてよ? ですが、それがどうしたと?」
「だっ、たら……なん、で……こん――な、目……に――」
「…………!」
まだ
セレナスはわざと目を合わせなかった。
「(
「ぐっ――、こ……ん、の……」
救援要請も兼ねて、弱弱しく見つめた。
「…………。ちょ、……っと……ま――」
グラディルは自分に
「……ぜえ、ぜえ……」
ラファルドが小康状態に突入したのを見計らって、グラディルは報告を始めた。
「きちんと、落ち合えたよ――」
わずかに開いた更衣室の出入り口の隙間から、国王とクリスファルトが息を殺して、ひっそりと様子を窺っている。
大人気無い大人を目にする侍女や騎士達は呆れていたが、侍女頭の差配もあり、誰も水を差さなかった。