第66話◆愚弄
文字数 1,871文字
がちっ。
「――!?」
奇妙な感覚に、仮面の魔族は目を剥いた。
在るべきものが何処にも無い。
確かに、今、魂を――。
(馬鹿な!! これではまるで……夢でも――、夢?!)
「き、きっ、き、貴様っ――!!」
事態を直感して激情した仮面の魔族に、ラファルドは自然なため息を見せつけた。
「……、あーあ。バレちゃいましたか……!」
そして、憤怒を曝け出す醜態を褒めるかのように、柏手を打つ。
大広間の景色が一変した。
「…………!?」
戦闘の痕跡などは何処にも無く(テーブルや客、人員の配置は変わり果てていたが)、場違いな者を曝すような距離だけが存在している。
人間達は夢から放り出されたような胡乱な顔つきで首を傾げ合っていた。
ただ、国王は悪い夢を見ていたように顔を青ざめさせていて、その足元近くには騎士が一人、倒れている。
「(成程……! そういうことか!!)目覚めよ! そして、我が敵をう」
命令を阻止するように、金色に輝く光の錐が魔族の身体に食い込んだ。
「――がっ!?」
錐は宙に伸びて鎖に変じ、一つ、また一つと光の錐が命中し、鎖となって仮面の魔族の自由を封じていく。
「寝言はそこまで(折り畳み切れなかったなんて――! ……これ以上は、しくじれない)!!」
「……ぁ、――っ、ぅ、あ……、ぁあ! ――」
凄惨と呼べるほどの憎悪が籠った眼をラファルドは無表情に迎え打つ。
仮面の魔族の自由が完全に封じられた時、12本の鎖が宙から伸びていた。
「さて。学習の時間、といきましょうか。狼藉は高くつくものだと骨身に染みて頂くのは当然として」
光の鎖の一本が、加熱されたように輝く。
「――――!!」
仮面の魔族は傷口を抉られたように悶え、声にならない悲鳴をまき散らした。
「まずは、陛下への粗相を詫びて頂きましょう。同じ真似は二度と出来ぬよう、心からの敬意を払って頂きます」
「――ぐっ、……ぁ、っき、……っ……、!! さ――」
襲い掛かろうとしたはずが。仮面の魔族は、気づけば、国王の前(距離はそれなりに空いているが、間には何も無い状態)で跪いている。
「申し訳、御座いませんでした。心から我が非礼を詫び、御身に、二度とあのような粗相は働かぬとお誓い申し上げる! 我が名、我が矜持、我が魂に賭けて――!!」
台詞は殊の外澱みなく滑り出た。
「――――」
誓われた国王は何とも言い難い顔で身の置き所を探し。
「…………」
誓った魔族は己の言動を魂の抜けた顔で見つめていた。
「――――、なっ!?」
場違いなタイミングで絶句したサーマリウスに、満場の注目が集まり。
「――あ。……い、いえ、その――、な、何分、初めて目にするものでして――」
慌てて取り繕う破目に陥っていた。
「おやおや? 醜く、無様なものと思っていましたら。意外なくらいの潔さでした」
ラファルドの言動で注目が仮面の魔族に逸れて、サーマリウスは胸を撫で下ろす。
そして、魔族の男は恐怖を曝け出して、逃げ出そうとするように後ずさった。
鎖で縛られていることさえ、忘れて。
ラファルドは嫣然と仮面の魔族に笑いかけた。
「おや? 堂に入った態度だと、褒めて差し上げたのですが?」
「ぐっ――!!」
「どうしました?」
屈辱をより濃く、よりきつく、刻むための追い打ちとは思えないほど、ラファルドの声は優しく、笑顔は輝いていた。
「耐えても恥辱、切れても屈辱……! 怖いですわ、こんな択一が世の中にはありますのね……!」
世間知らずを装ってはいるが、セレナスの声には何処か陶然とした気配が有る。
「(様ぁ見ろ!! ってか? いい根性してるぜ)――当然だな。吐き出すもん吐き出させなきゃなんねえんだぜ? 心を折りに行くのは当然で、常套だろうよ(魔王陛下の手前、手段を選んでやがるからな)。あれで、陰険だの何だの言われりゃあ切れるんだから、堪ったもんじゃねえ――と、と!」
余計な愚痴まで零してしまい、グラディルは慌てた。
(……とに、もう!)
主人を補佐しているようで、セレナスのことを振り返らないグラディルをどやそうとして。
「?」
足首に触れた棘の感触に首を傾げた。
「それでは――」
「っ!!」
飛び退いて距離を取ろうとしたが失敗に終わり、仮面の魔族は悠然と間合いを詰めて来る細身の衛兵を睨む。
「……っ、ぉ……ん、ん――」
必死に暴れようと足掻くが、光の鎖はびくともしない。
今までにないほど真剣な雰囲気は、何を言い出されるのか、予感が在るからか。
「吐き出して頂きましょうか。貴方が貯め込んでいるもの、全てを」
ラファルドが言い切ろうとした、その時。
「きゃああああっ!?」
絹を裂くような少女の悲鳴が上がった。
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