9-12

文字数 1,051文字

 直接ユーフェイに交渉する前に、メルセデスの母ガイアに相談しておけば避けられた事態である。彼女なりによく考えた結果だろうが、エリゴスから見れば若さ故の結果だと思う。
机の上に山積みになっている書類を物憂げに見ながら、エリゴスは深い溜息を吐いた。

『お前も観戦していないで、この書類を処理するのを手伝え』

『だめっスよ。この書類はエリゴス様のですからー』

生意気な口を利いてくる部下に舌打ちしながら、魔界の王はもう一人の部下を呼び出すベルを鳴らした。姿見の向こうでは水妖族の神がやはり圧倒している。
涼やかなベルの音にストラが眉を吊り上げた。

『あ!アバドンに手伝ってもらうのも無しっスよ!』

『たわけが!今のは小腹が空いたので何か摘まむものを持って来いの合図だ!
 それよりもストラ、お前暇だろう?』

『暇じゃないっスよ。エリゴス様の監視に忙しいっス』

 ストラがしれっと即答すると、彼の額に固い物が勢いよく投げつけられた。投げつけられた物はストラの足元に転がる。それを拾ってみると、希少価値の高い宝石だった。
上司の意図を瞬時に読み取ったストラは、生温かい視線を送りながら拾い上げた宝石を懐にしまう。

『…全く、エリゴス様も素直じゃないっスね』

『うるさい。俺はナズナが悲しむのを見たくないだけだ』

 ああ、とストラは納得する。
確かにあの大地の精霊の娘が水妖族の神に消されてしまったら、上司と契約しているあの小さな主は嘆き悲しみ、そしてまた自分を責めるだろう。
今の彼女にはエリゴスや神威を自由に召喚出来ない上に、気心知れる幼馴染達が傍にいない。
 メルセデスだけが、今のナズナにとって唯一の味方なのだ。
彼女の味方を、この魔界の王が見捨てるはずがない。
書類に目を向けたまま、エリゴスは部下にさっさと向かうように手を振った。苦笑いしながらストラは転移魔法の呪文を唱え、エリゴスの執務室から姿を消す。
入れ違いでアバドンが尻尾を揺らしながらサンドイッチの載った皿を片手にやってくる。

『お待たせ致しましたー。今日のサンドイッチは魔界極楽鳥の黒焼きと赤カビチーズのスライスと季節の野菜ですよー!
 …あれ?ストラは?』

『ちょっとしたお使いに行かせた。
 それよりも早くそれを寄越せ。小腹が空いてしょうがない』



 覚悟を決めたのはいいものの、やはりユーフェイの力は圧倒的だった。彼の激しい攻めと威圧感にメルセデスの体力と気力が奪われていく。
戦いが長引けば長引くほど、不利になっていく。それにメルセデスが分析するに、彼はまだ実力の半分も出していない。
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