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文字数 1,031文字

 一体何事かと足元を見ると、自分の影から手が伸びている。影から伸びている手は力任せにナズナの足首を引っ張り、転ばせた。ナズナが盛大に尻もちをついた姿を見て、あまりの滑稽さに周りの笑い声がさらに大きくなった。
やがて影の中から一人の男の姿が現れた。あの赤茶色の髪の男だ。

「躾けが行き届いていなくて申し訳ありません、ホムラ様」

恭しく頭を下げる男にホムラは穏やかな微笑みで返す。

「いえいえ。元気があっていいと思う。それに、なかなか躾け甲斐がありそうだ。
 流石はタツミ。これから楽しくなりそうだよ」

「恐れ入ります」

タツミと呼ばれた赤茶色の髪の男はナズナの方へ向き直る。

「おい小娘。大人しくしていないと権限でその細い首を吹っ飛ばすからな」

迫力のある笑顔で凄まれて、ナズナは思わずのけ反った。
 このタツミから放たれる威圧感は、ただの商人のそれではない。似たようなそれは、ジェラルドやエリゴス等と同じ武人のそれだった。
ナズナを委縮させたところで、タツミはもう一度ホムラと客達に一礼して部屋を出て行く。
それを唖然とした表情で見送っていると、後ろから肩に手を怒れる。この国の王である、ホムラのものだ。

「では行こうか。…私の部屋へ」

 ナズナは言葉を返さず、訝しむ。ゆっくりと振り返ると、爽やかな笑顔を浮かべた少年王と目が合った。



「…ナズナ…」

 突然姿を消した貴族令嬢に全員が動揺を隠せない。
すぐさま、ジェラルドはあの水妖族の神の仕業に違いないと決めつけ、水妖族の青年二人に詰め寄っている。
ヴィルヘルムは戸惑いつつも、騒ぎに集まってきた獣人族の住民達に事情を説明に走る。パウラもそれに付き従っていた。
 ソルーシュだけが、その場から動けずにいた。彼にはナズナが何故この場から姿を消したのか分かっていた。
彼女は自分達を巻き込まないように、そして争いを止めるためにこの場から姿を消したのだろう。長い付き合いのおかげで、彼女の心情は何となく理解出来る。
気持ちは分からないでもないが、ただソルーシュは悲しかった。

 折角彼女に追いつくことが出来たのに。

だが、ナズナに追いついたところで彼女はノイシュテルンに戻らない。
今の彼女は、水妖族の帝国を元に戻すという使命感に囚われている。
そのような使命感を植え付けたのは、紛れもなく隻眼の水妖族の神のせいだろう。
 本当の意味で彼女を自分達の元に取り戻すというのならば、ナズナから彼を引き離すことが第一だ。
彼をナズナから引き離すには、どうしたらいいのだろう。
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