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文字数 1,006文字

おそらくジェラルドがナズナに知らせなかったのは、これ以上彼女の心労を増やしたくなかったからだろう。
どこまでも細かい気遣いが出来るジェラルドにナズナは大変申し訳なく思った。一言彼に礼を述べようとしたところで、訓練場の扉が荒々しく開かれる。

「来たか…」

 ジェラルドが槍を構える。予想よりもここへ来るのが早かった。
かなりの数の私兵を警備に配置していたが、突破されるとは。また鍛え直さねばならないと心に決めつつ、ジェラルドは侵入者達を見据える。

 一人はあの舞踏会の日に乱入してきたジェラルドとそう歳が変わらない青年だ。相変わらずナズナに対して激しい殺気を向けている。
もう一人は先の青年とは対照的な印象を受ける細身の青年だ。しかし、虫を殺さぬような顔をしているのに、隙が一切見えないところを見ると、彼も相当の腕の持ち主であることが窺える。
 柔和な表情を浮かべた細身の青年はリュウシンという青年のように、真っ直ぐな殺気を彼女へ向けている訳ではないが、油断なく見据えていた。
彼の片手には紫の短剣が握られている。今にもナズナへ飛び掛からんとしているリュウシンを、短剣の握られていない方の手で制し、一歩前へ踏み出て恭しく一礼した。

「初めまして、我らが神、ユーフェイシンジュン様、そしてシェンジャ様。
 私の名はシャオ=ジンフー。我らが蒼湖帝国皇帝ツァン=リェンハイ様の命により、貴方達をお迎えに参りました」

青年ジンフーの丁寧な自己紹介に、ナズナは彼なら話せば分かってくれるのではないかという思いが浮かぶ。説得を試みようと彼女も一歩踏み出したが、ジェラルドがそれよりも先に怒鳴りつけた。

「よくも人の家で好き勝手やってくれたな!すぐに捕らえてやるから、神妙にしろ、賊め!」

「ああ、それは申し訳ありません。確かにここまで来るのに暴れはしましたが、今回は誰一人として傷つけておりませんのでご安心を」

ジェラルドの剣幕にジンフーは肩を竦めてすぐさま謝罪し、弁解する。だが、そうしている間も彼の緑の瞳はナズナを捕らえて離さない。静かな口調のまま、ジンフーは続けた。

「私とて、無関係な者を傷つけたくありません。特に貴方のようなか弱そうな獣はね。
 獣は獣らしく、さっさと尻尾を巻いて引っ込んでいなさい。そしてシェンジャ様、彼を痛い目に遭わせたくなければ、我々と共に来るのです」

「貴様…!」

ジンフーの挑発めいた物言いに誇り高いジェラルドが歯ぎしりする。
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