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文字数 1,012文字

 色恋沙汰に疎いヴィルヘルムがこういった話題を振ってくるのは珍しいことだった。
ジェラルドとパウラは固唾を飲んで成り行きを見守っている。
特にジェラルドはソルーシュの答えを落ち着きなく待っていた。その証拠に忙しなく尻尾が揺れている。
ヴィルヘルムが全てを質問し終える前に、幼馴染の商人は先読みしたかのように遮った。

「違う。そういうのじゃない」

「?そういうの、とは?」

普段のソルーシュなら、おちゃらけた調子で肯定しそうなものだが、そうしなかった。彼の表情には普段の明るさは消え失せている。
思わずジェラルドが聞き返すと、ソルーシュは押し黙り宙を睨む。頭の中で適切な言葉を探しているようだった。
 ややあって、彼なりに納得する答えを見つけたのかまるで独り言のように呟く。

「ていうか、オレにそんな資格ねぇから」

「資格って…」

宙を睨んだまま、ソルーシュは自嘲気味に笑って言った。

「…ナズナ姫を好きになる資格」

思いがけない言葉に、ヴィルヘルム達は顔を見合わせる。これはソルーシュなりの冗談なのだろうか。
 そもそも、人が人を好きになるのに資格などいらない。
彼の言う資格とは、まさか身分のことを言っているのだろうか。それこそ馬鹿馬鹿しい話である。ノイシュテルン王国は身分制であるものの、自由に恋愛出来る上に結婚も出来る。故に資格などいらない。
絶句する彼らを置いて、ソルーシュは自分の心の内を吐き出すように続ける。

「ナズナ姫を好きになる資格はねぇけど、オレはナズナ姫が幸せになるためなら何だってしてやる。
 だけど、それは…そういうのじゃない。多分。むしろそういう気持ちは…抱いてはいけないんだ」

自分を戒めるかのようにソルーシュはぎゅっと自身の両手を固く握り締めた。苦しげに眉が寄せられ、紫の瞳は何かを追憶するかのように遠くを見ている。

 彼の言葉が一体何を意味しているのか。
それを知るのはまだ先の話である。



 ナズナがメルセデスの家へ戻ってくると、家の前でリュウシンが鬼の形相で仁王立ちして待っていた。

「遅い!一体何をしていた?!」

物凄い剣幕で怒ってくる水妖族の青年にナズナが竦み上がる。
あまりの迫力に何も言い返せない主を見兼ねて、隣にいたメルセデスがすかさず助け舟を出した。

『お待たせして申し訳ありませんでした。話し込んだら少々長くなりまして。
 でも、そのおかげで貴方もかなり休めたのでは?』

「…確かにそうだが、我々にはのんびりしている時間など…!」
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