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文字数 1,058文字

ごくりと二人は思わず唾を飲み込んだ。

『最後の記憶は…ナズナの母であるヒスイが目の前で死ぬ記憶だ』

 あまりの衝撃にソルーシュの頭が真っ白になる。
ソルーシュの記憶が正しければ、ナズナの母は病で亡くなったはずだ。
自分の記憶の中にあるヒスイはとても健康そうな女性で、病とは無縁そうな人であった。
あまりに突然すぎる死だったので、訃報を聞いた時はかなり驚いたものだ。今でも、ナズナの父であるジークの焦燥した姿を思い出すことが出来る。

 また、葬儀時に妙な違和感があったことも思い出した。
本来なら最後の別れということで、教会の祭壇の上に死に装束を着せられた死者が横たえられているのだが、祭壇にはヒスイが生前好んだ花と神威の宿る短剣一本が供えられていただけだった。
 事故などで遺体の損傷が激しい場合や、行方不明になった者の場合はそのように好きだったものや生前身に着けていたものを代わりとして祭壇に供える。
だがただの病で亡くなった場合、そうする必要はなかったはずだ。

「…どういうことだ?」

『ヒスイは、あの偽りの神とナズナを助けるために命を落とした』

遠い昔を思い出すかのように、エリゴスは窓の外に広がる大海原を見た。
この記憶については、彼自身もその場にいたため今も鮮明に思い出すことが出来る。

 ヒスイはナズナを介して、ユーフェイの身の上話やあの約束についての話を知った。
それで彼女は当時契約していた魔界の王であるエリゴスに相談したのだ。
“変わった契約の破棄の仕方と、神の枷の外し方を教えて欲しい”と。

『…だが、魔界の王たる俺にも出来なかった』

 魔界の知恵袋であるタリアンにも尋ねたが、外すには枷をつけた者にしか出来ないという。
契約の破棄の仕方についても、いくら本人達が同意してもこれまた仲介した者にしか出来ないのだと、何とも残念過ぎる答えしか得られなかった。
ならば力技で、と息巻いたエリゴスに対して、タリアンは冷ややかに警告する。

『陛下、止めておいた方がよろしいでしょう。部外者が手を出すと、怪我だけでは済みませぬ。必ず報復されましょう。
 我々魔族は異世界に暮らす者故に被害は及びませぬが、同じ世界に暮らすニンゲンはそうはいかぬでしょうな』

魔界の知恵袋たる彼はエリゴスよりも長く生きており、かつて水妖族とも刃を交えたこともある。だからこそ、彼らの性格をよく知っているのだろう。
拳を握り、エリゴスは船の壁を打つ。

『それでも俺は…ヒスイの願いを叶えてやりたかった』

タリアンの警告を振り切り、エリゴスはヒスイと共に契約の破棄と枷の解放に挑んだ。
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