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文字数 1,047文字

それを二度と味わうことのないように、ヴィルヘルムは騎士団でひたすら剣の腕を磨いてきたのだ。
 幼馴染の青年の告白を聞いてヴィルヘルムの心に怒りが湧き上がる。
彼がずっと真実を話すことなく隠していたことに。そしてナズナが記憶を失くしていたのをいいことに、普通に接していたことも許せなかった。
もちろんソルーシュだってずっと苦しんで来たということも理解はしているが、簡単に割り切れる程ヴィルヘルムは大人でない。
 彼があんな無茶な約束を取り付けなければ、ナズナは攫われず、家に閉じ込められることも無かったはずだ。



「ソルは…どんな気持ちで私と一緒にいたのでしょうか」

ナズナの呟きに全員が顔を見合わせた。誰も答えない。
おそらくそれはソルーシュ本人にしか分からないだろう。ただ一つ分かることは、ソルーシュがナズナに対して過保護だったのはこの一件があったからだ。
ナズナはこの場にソルーシュがいないことに安堵した。正直、彼とどんな顔をして会えばいいのか分からなかったからだ。

 今回取り戻した記憶はここまでのようで、もう何も映し出されることはない。
精霊達はただその場を動こうとせずに小さな主の様子を窺うばかりである。
ただ一人、魔界の王だけはずかずかと小さな主に近寄り、彼女に座るよう促した。促されて、ナズナはその場に座り込む。
彼女の揺れる瞳を上から見下ろしながら、エリゴスは言った。

『これがお前の知りたかった真実の一つだ』

 あの青年は過去の後ろめたさからナズナに対して優しくしていたに過ぎないのだと、エリゴスは続ける。それはエリゴスから教えられなくても痛感していた。
しかしながらナズナは彼を責めることはないだろう。むしろそんな気持ちすら湧いてこなかった。
そっと目を閉じる。とにかく今は何も考えたくない。
 そんな主の気持ちを悟ったのか、神威とメルセデス、そしてエリゴスが姿を消す。
水妖族の神だけがその場に残り、花嫁の隣に座った。
彼女の小さな手を取り、しっかりと握り締める。彼はそれ以上何も言わず、ただ黙って花嫁に寄り添っていた。



 全てを告白し、憔悴している商人の肩をジェラルドが軽く叩く。

「…まだ時間がある。もう少し休め、ソルーシュ=クリシュナ」

「…閣下…」

「もう終わったことだ。過去は変えられない。私が言えることはただ一つ。
 ナズナを助けたいと思う気持ちが本物なら、それでいいのではないか?」

それだけ言うと、獣人族の貴公子は立ち上がり部屋へと戻っていく。
残されたソルーシュは彼の言葉を頭の中で何度も繰り返していた。
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