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文字数 1,068文字

ふと縛られている手首を見てみると、ユーフェイ封じの札が無くなっていることに気付く。
おそらく先程飛び込んだ時に取れたのだろう。そもそも紙なのだから、濡れて使い物にならなくなったのかもしれない。
これならユーフェイの力を使って逃れることが出来るだろうが、やはり恐怖が勝る。それに札の使用者であるジンフーが無くなっていることに気付いていないはずがない。

 彼は知っているのだ。
自分の手元にあるナズナの短剣とカードを置いて逃げる訳がないと。

 ナズナの呼吸が落ち着きつつあることを確認すると、リュウシンは再び海の中へと潜った。
早く手頃な陸地に上がらないと帝国に着く前にナズナが死ぬ。危機に瀕している故国のためにも、それだけは避けなければならない。
しかし普通ならいきなり冷たい海の中へ飛び込んだ時点で、心臓麻痺か何かで死んでしまうはずなのだが、そうならないのはやはり中にいるユーフェイのおかげなのだろうか。
 数十回以上息継ぎを繰り返し、それを数えることが億劫になってきたところでようやく陸地へ上がることが出来た。
上陸した地はノイシュテルンのような寒い土地ではないようだが、如何せん長く水の中にいたため寒い。ドレスも水を吸って余計に体温を奪っていく。
だがリュウシンとジンフーはけろりとしていて、寒さに震えているナズナを訝しんでいるようだ。
 ようやくナズナの様子がおかしいことに気付いたジンフーが早々に火を起こす。札を使わずに火を起こしたところを見るに、彼は札が無くても魔法の類が使えるようだ。
せめて風除けになるようにと、リュウシンがナズナの横に腰を下ろした。
それでも濡れたドレスを纏っていては温まらない。自身の身体を抱き締め、ナズナは寒さから気を逸らすように震えた声で尋ねた。

「あの…ここは…?」

「大体ブリューテ大陸から東に位置する群島のどれかですね。残念なことにここは無人島のようです。
 無人島でなければシェンジャ様に着替え等を用意出来たのですが…。後もう少しで中央大陸エドニスに着きますので、今しばらくご辛抱を」

ジンフーの答えに反論しようと口を開きかけるが、代わりにくしゃみが出た。そのくしゃみに反応して、ユーフェイが中から出てくる。

『我が花嫁…』

心配そうにナズナの顔を覗き込み、彼女の額に手を当てる。

『熱いな…』

 折角札が無くなり、ユーフェイが自由に出られるようになっても契約主であるナズナがこのような状態では何も出来ない。
ジンフー達を睨み付けると、ジンフーは笑みを深くした。彼は前々からナズナがこのような状態になることを見越していたように思える。
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