6-18

文字数 984文字

「閣下?」

「いい。それは着ていろ」

「で、ですが…」

今からリュウシンを迎え撃つつもりでいるのに、着ていては破ったり、汚す恐れがある。折角上等で美しい、そして特別な素材で作られた上着なのに。
それでもジェラルドは頑なに上着を受け取ろうとはしない。彼は一旦ナズナから視線を外し、泳がせる。そして咳払いをし、半ばやけくそ気味に捲し立てた。

「こうなったら、お前にとことん付き合ってやる、と言っているのだ!
 お前が侵入者を自ら迎え撃つつもりであるなら、私も付き合おう。だから…えっと…」

よく見ればジェラルドの顔は興奮のあまり上気していた。嬉しいと言えば嬉しいが、彼は名家の令息。これ以上巻き込む訳には行かない。

「閣下、お気持ちはありがたいのですが…」

「うるさい!反論は聞かんぞ!」

 ナズナの反論を一蹴し、ジェラルドは再びナズナに上着を着せて彼女の手首を掴んだ。そしてそのまま自身の訓練場へと強制連行していく。
ナズナの中にいるエリゴスや神威、そしてメルセデスはジェラルドの気概に感心していたが、やはりユーフェイだけの機嫌が悪かった。
そんな彼にエリゴスが意地悪く尋ねる。

『おやおや、随分と機嫌が悪いが、如何したかな?水妖族の神よ』

エリゴスの質問にユーフェイの隻眼が細められ、鼻を鳴らす。
わざとらしく問い掛けてくる彼に、ユーフェイはさらに苛立った。

『…いいや。ただ、我々の事情に関係ないやんごとなき貴公子をこれ以上巻き込むのは如何なものかと思うてな』

『それだけではあるまい?』

ユーフェイは最もな理由を並べていたが、エリゴスにはごまかせなかったようだ。伊達に長生きしていない。
探るような赤紫の瞳に射竦められ、ほんの少しだけたじろぐ。だが、表向きは平静を装っていた。

『…何が言いたい?』

『ナズナの心が自分以外の者に傾くのが嫌なのだろう?』

 どうやらエリゴスは自分が不機嫌な理由は単なる独占欲に基づいたものだと思っている。正確に言えば違うのだが、今はそう思わせておいた方がいい。彼女が記憶を取り戻し、あの約束を思い出してくれるまでは。
開き直ったようにユーフェイはエリゴスに向かって言い放つ。

『そうだと言ったら?』

ふん、とエリゴスは鼻でせせら笑う。それ以上何も返してこなかったのは、ユーフェイの言葉に納得したからなのか、それとも何か気づかれたのか。
 油断ならない魔界の王にユーフェイは舌打ちした。
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