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文字数 1,040文字

そう言って隊長は大きな樫の木の幹をまさぐると、木の前にナズナの身長くらいの大きさの魔法陣が浮かび上がる。ナズナの知る魔法の術式とは少々異なるが、これは転移魔法だ。
隊長が恭しく頭を下げ、浮かび上がった魔法陣を指し示す。

『この魔法陣を潜り抜けて下さい。潜り抜けた先は我々の村ローグ。
 どうぞごゆるりと身体を休めていって下さい』

「あ、ありがとうございます」

警備隊長に頭を下げると、ナズナ達は言われた通りに魔法陣を潜り抜ける。メルセデスもそうしようとした時、背後から警備隊長の声が追いかけてきた。

『メルセデス様、あの少女の中にいる者は一体…?あのままですと、彼女は…』

大地の精霊の娘は振り返ると、笑みを浮かべる。

『何も仰らないで。私がここへ戻ってきた理由は、他ならぬ彼女の中にいる存在をどうにかしたいがためなのです』

 強い意志が秘められた笑顔を向けられ、それ以上隊長は何も言えず目を伏せた。
あの少女の中にいる存在は、メルセデスだけでは荷が重いように感じる。下手をすれば、彼女の母である大地の精霊ですらも。
しかし警備隊長は大地の精霊の娘の意志を尊重して見送った。

『…分かりました。御武運を』

『ありがとう』

メルセデスが魔法陣を潜ると、それは音も無く消えて元の樫の木がいつも通り静かに佇んでいた。
 警備隊長も久しぶりに戻ってきた大地の精霊の娘の身を案じ、しばらくその場に立っていたが、部下に呼ばれたため踵を返してそちらへ向かった。



 魔法陣を抜けると、素朴ながらも美しい建物が並んだ妖精と精霊の村“ローグ”がそこに在った。村は森に囲まれており、澄んだ水の小川が流れている。
すでに夜は明けて、眠りから覚めた村人達の姿がちらほら見え始めていた。
メルセデスは村長の家を訪ねるか、それとも自身の家族がいる家へ向かうか悩んだが、警備隊長のやり取りを思い出して後者を選択する。

『とりあえず、私の家に参りましょう。ナズナ様、病み上がりなのに長い時間歩いてお疲れでしょう?どうぞ自分の家だと思って寛いで下さいな』

「心遣い感謝致します、メルセデス」

棒になりつつある足を鞭打って、ナズナ達はメルセデスの家に辿り着く。
 大地の精霊の娘の家は少し大きめの木造の家だ。緑色の屋根が何だか彼女らしい。
彼女の家族はまだ寝ているのか、それとも留守にしているのかは分からないが、家の中はとても静かだ。
メルセデスはドアを開け、主達を中へ招き入れる。久しぶりの我が家に懐かしさで胸がいっぱいになったが、郷愁に浸っている場合ではない。
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