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文字数 1,106文字

 呆然とするナズナの元に、突如青みがかった白い羽根が一枚舞い下りる。

『お困りのようですね、ナズナ』

救いを求めて無意識に呼んでいたらしい。幼い頃からずっと側にいてくれた彼を。

「神威…私、どうすれば…」

 小さな主を安心させるかのように、短剣の精霊は穏やかに微笑む。
彼らがこうして争う原因はナズナにある。それなら彼女をこの場から消せばいい。
だが、ナズナは転移魔法をうまく扱うことが出来ないし、相性が悪い。
神威が補助すれば不可能ではないが、結局転移魔法を発動させるのはナズナ自身の技術によるものなので成功する確率が低いのだ。
成功する確率が低ければどこへ飛ばされるか分からない上、術者に危険が降りかかる可能性がある。
そこで神威は妙案を思いついた。

『エリゴス殿、どうせこれを見て笑っているのでしょう?
 我らが主が困っているのですよ。見てないで助けて下さいよ』

神威の呼び掛けに、魔界の王の楽しそうな声だけがナズナの頭の中に響いてくる。

『ナズナがそう望むのであれば』

 彼が応じた途端、ナズナの足元から淡い紫の光が輝く。それはやがて複雑な紋様が描かれた魔法陣となり、輝きが消え失せる頃には彼女はその場から忽然と姿を消していた。



『…ナズナ!おい!目を覚ませ!』

 切羽詰まった水妖族の神の声にナズナはそっと目を開けた。
いつの間にか、水妖族の神は自分の中へと還っている。花嫁が目を覚ましたことにより、ユーフェイが安堵の息を吐く。

『よかった…。お前に何かあったら…俺は…』

『ナズナに何かあったら、自分の目的が果たせないものな』

ユーフェイを嘲笑うかのように魔界の王の声が響く。
そういえば先程の剣戟の音が消え失せていることに気が付いた。
獣人族の集落で感じていた自然の匂いも、風の音もしない。その代わりに、湿った匂いがする。
 ゆっくりとナズナが身を起こすと、どこかの街の路地裏だということが分かった。
ポーラル=シュテルンの街かと思ったが、路地の狭間から見える街並みを見て違うことに気付く。
黒い石瓦と土壁で出来た建物が立ち並び、赤い紙で出来たランプのようなものが等間隔で並んでいるのが見えた。確実にポーラル=シュテルンの街並みにないものだ。

「ここは…?」

ナズナの呟きにエリゴスが答えた。

『紅月(コウヅキ)国だ』

「コウヅキ…?」

はっとした水妖族の神が引き継ぐ。

『…東大陸にある竜人族が統べる国だ』

「え?!」

まさか海を越えているとは思わなかった。てっきり、同じ大陸内のどこかに飛ばされたのかと思っていたのだが。
エリゴスがさらに続ける。

『本当は我が魔界へ匿ってやろうと思ったのだがな。
 だが、それに気づいたこの偽りの神に邪魔されて手違いが起きたのだ』
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