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文字数 1,024文字

 確かにミッターマイヤー家現当主とナズナの父であるジークは職業上付き合いがあるが、ナズナ以外に何の価値も無さそうな記憶の欠片が何故そこにあるのだろう。
とにかく行ってみるしかなさそうだ。
このフェアデルプ灯台で起きたことを報告しがてら、一度自分の家へ顔を出してもいいかもしれない。あの伝統あるミッターマイヤー家にお邪魔するなら父から一言向こうへ連絡してもらった方がいいだろう。それに、あの襲撃の後の様子も知りたかった。
 直後、ナズナの視界が眩しくなり目の前のユーフェイの姿が半透明になっていく。

『…間もなく、目覚めの時刻か』

名残惜しそうに彼はナズナの手を取り、その甲に唇を落とす。

『またここで会おう。我が花嫁、ナズナよ』



 朝日の光が差し込み、ナズナの瞼を刺激する。ああ、彼との別れ際の眩しさはこのせいかと思いながらナズナは目を開けて身を起こす。
ヴィルヘルムとソルーシュはまだ夢の中にいた。
いつもは頼りになる二人のあどけない寝顔を見て、笑みが零れる。この旅が始まってから、従兄と幼馴染の今まで見たことのなかった一面を次々に発見出来ることがとても嬉しかった。

 誰よりも早起きしたのだから、何かしようと考える。
散歩はナズナが方向音痴のため、一人では絶対にしてはいけないと二人に耳がタコになるくらい言い聞かされたので真っ先に除外する。短剣の稽古は二人を起こしてしまうため、これも除外。折角だから、この機会に二人にはゆっくり眠って身体を休めてもらいたい。
朝食の準備は昨夜寝る前にしてしまった。そう考えるとやることがないような気がする。
仕方なく木の幹にもたれて別の記憶が蘇らないかと、欠片を片手で弄る。すると頭に激痛が走った。

 ナズナの脳裏に、黒髪の女性が血塗れになって倒れている映像が浮かぶ。
その女性はどうやらナズナに向かって手を伸ばしているようだ。長い黒髪の間から見える口元からも赤い血が流れている。
唇は何か伝えようと懸命に動かされていたが、残念ながら何を言っているのか聞こえない。差し出されたその手も血に塗れていた。

 恐ろしい映像にナズナは息を呑む。これは一体どの辺の記憶なのか。
断片過ぎて状況が分からず特定出来ない。一度気持ちを落ち着かせるために深呼吸すると、あの恐ろしい映像は消えてしまった。
いずれこの記憶も取り戻すことになるのだろう。全てを知った時、自分は何を思い、そしてどうするのか。
不安を抱いたものの、それでもナズナは知りたいと心の中で決意する。
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