6-12

文字数 1,020文字

ナズナを見据えたまま、エミールは弟に尋ねた。

「何故だ?人気のない場所はそこだけではあるまい?愛を育むつもりならお前の部屋が適任では?」

 当主代行は酔いのせいで呂律が回っておらず、ナズナは何を言っているのか聞き取り辛かった。しかし耳のいいジェラルドは聞こえていたようで、兄の下衆な勘繰りに内心舌打ちをする。エミールに身体を預けている女性も何が面白いのか分からないが、ニヤニヤと下品な笑みを浮かべてジェラルドとナズナを舐めるように見てきた。
 身内で無ければ張り飛ばしてやりたい気持ちを抑え、ジェラルドは神威が進言してくれた言葉を伝えた。言葉だけでは信じられないかもしれないので、念のため前もってナズナと打ち合わせしておいたように彼女の肩を軽く抱いておく。

「…私の未来の花嫁であるビスマルク嬢に誇り高きミッターマイヤー家の富と権威を見せてやりたいからです」

「ほう、それはいい。で、そこで愛を囁く訳だな。我が弟ながら悪くない計画だ。
 可愛い弟がうまく事を運べるよう、神々に祈りを捧げておいてやろう」

大声で笑いながらエミールは懐から宝物庫の鍵を取り出し、弟に投げて寄越す。
少々耳障りなことを言われたが、こうして兄が酒に酔っていたおかげで思ったよりあっさり鍵を借りることが出来たのだからよかったかもしれない。
ジェラルドに手を引かれ、ナズナは部屋を出て行こうとしたところでエミールに呼び止められる。

「ビスマルク嬢」

答えないと不敬になるだろうと思い、ナズナは足を止めてエミールの方を振り返った。

「は、はい!」

当主代行は先程と変わらない好色な目つきでナズナを見ていた。彼女の中にいるエリゴスが彼を無視してさっさと行けと警告しているがそうもいかない。
 エミールは口の端をさらに吊り上げ、何か言おうとした。しかしそれよりも先にジェラルドの両手がナズナの両耳を塞ぐ。彼の手から伝わってくる振動により、ジェラルドがエミールに何か言い返していることは感じられたが、何と言っているのかは聞き取れなかった。
ジェラルドの反撃により、呆然としているエミールと取り巻きの女性を残してジェラルドはナズナの方を抱き直して荒々しく当主代行の部屋を退室した。

 ずんずんと大股で先を歩くジェラルドに何と声を掛けてよいか分からず、ナズナは小走りで後に続く。
今頃幼馴染の商人と従兄の騎士はどうしているのだろう。思ったより欠片を探し出すことに時間が掛かっているため、心配掛けているかもしれない。
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