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文字数 1,027文字

 テーブルに着く前からだが、ナズナは非常に居心地の悪い思いをしていた。
彼女がこの会場に入った時からたくさんの視線に晒され、まるで値踏みされているかのような錯覚に陥る。
あちらこちらから囁き声が聞こえてきた。当然、本日の主役であるナズナのことについて囁き合っているのだろう。
 まだ王からの正式な紹介が無いため、彼らは遠巻きにナズナを見て囁き合うだけで公然と話し掛けてくることはない。
それでもナズナは気丈に前を見つめて微笑みを絶やさないでいた。友達を作るには笑顔を浮かべているのが一番だと、ソルーシュが教えてくれたからだった。
彼女の気を紛らわすかのようにヴィルヘルムがこっそり話し掛ける。

「ナズナ、向こうの方に僕の両親が来ているよ」

言われた方向を見てみると、確かにヴィルヘルムの両親…ナズナの叔父と叔母が心配そうにこちらを見ているのが見えた。彼らはナズナと目が合うと笑顔になり、元気づけるように手を振ってくれる。
手を振り返すと、先程よりかは気が楽になった気がした。

「ありがとう、ヴィル」

そう囁き返すと、優しい従兄はにっこりと笑った。それと同時に横から鋭い視線を感じた。何となくそちらを見る勇気が無くて、ナズナは神威に誰が自分のことを見ているのかを尋ねる。

『ミッターマイヤー家のご令嬢ですね。あれは確か…次女のエッダ様だったと記憶しております』

 後でナズナが必ず挨拶に伺わねばならない者だ。しかしこうして睨まれる心当たりは全くない。何せ彼女とは一度も会ったことが無いのだから。
彼女の鋭い視線に気が付いたソルーシュがナズナに低い声で耳打ちした。

「ナズナ姫…気を付けて下さい。ミッターマイヤー家の三姉妹はとんでもなく面倒な奴らですから」

「え…?」

 一体どういうことか、とソルーシュに尋ねようとしたところでもう一つ別の視線を感じた。先程よりは幾分か鋭くないが、何か負のオーラのようなものがひしひしと感じられる。
 次は誰なのだろう。それを感じる方向はやはりミッターマイヤー家のテーブルの方からだ。
ナズナが尋ねるよりも早く、神威が先読みして教えてやった。

『分かっているとは思いますが、ミッターマイヤー家のご令嬢です。三女のイリス様ですね…』

もちろんエッダ同様睨まれるような心当たりは全くない。内心首を傾げつつもナズナはなるべく気づいていないように振る舞っていた。
ヴィルヘルムはと言うと、一応彼は武人なのにミッターマイヤー家から感じられる視線に全く気付いていないのであった。
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