9-11

文字数 1,031文字

『でしたら、貴方の力をもってナズナ様を解放して下さいませ』

メルセデスの言葉にユーフェイの身体が固まる。
少し逡巡した後に、低い声で聞き返した。

『…そうして欲しいと、我が花嫁が望んだのか?』

 重苦しい空気がのしかかってくる。彼から放たれている威圧感も先程よりぐっと強くなっていることに気付いた。
何か彼にとってまずいことを言ってしまったのかと思ったが、メルセデスには見当がつかない。ただユーフェイが投げた質問には必ず答えなければ、ナズナが危ないと彼女の本能が告げたため、重い口をどうにか動かし声を振り絞る。

『い、いいえ…。ナズナ様は水妖族の方々に償うためにその命を捧げるつもりでいます…。
 ですが、私個人としてはナズナ様の命を救いたくて…』

『…そうか…』

 花嫁の望みではないと知ると、彼から放たれる威圧感がほんの少しだけ和らいだ。しかし、全てが消えた訳ではない。
ユーフェイはメルセデスを真っ直ぐ見据えて言った。

『だが、花嫁は解放しない』

『?!ど、どういうことですの…?』

『儀式を無くすために、彼女が必要なのだ』

思いがけない答えにメルセデスは答えを失った。彼程の力があれば、ナズナを解放することなど造作もないはずなのに。
彼の真意が分からなくて、メルセデスは探るように緑の隻眼を見た。だが彼の緑の瞳には深淵しか映っていない。
おもむろにユーフェイはその両手に双剣を召喚し、構えた。

『我が花嫁を奪わせはしない。人間にも、精霊にも、そして魔界の王にもな』

 殺気を感じてメルセデスも慌てて愛用の片手剣と盾を召喚し、身構えた。想定外の出来事にメルセデスは混乱している。
真正面からユーフェイと戦って、メルセデスに勝つ見込みはない。彼に対抗出来る者といえば、メルセデスの知る限りでは四大精霊か魔界の王くらいだ。
 しかし、神威のため、そして何よりも主であるナズナのために退く訳にも負ける訳にもいかない。
圧倒的な力の差はあるが、大地の精霊の娘は覚悟を決めた。

『退きませんわ…絶対に!』



『エリゴス様ー、このままで大丈夫なんスか?』

 大きな姿見の向こうで対峙する水妖族の唯一神と大地の精霊の娘を見て、魔界の王の政務補佐官は主に尋ねた。
問われた魔界の王は溜まっている書類の処理をしながら面倒くさそうに答える。

『大丈夫な訳ないだろう。いくら紛い物といっても神は神だ。あの小娘には荷が重すぎる』

特に今のユーフェイはナズナを奪われないよう必死だ。メルセデスが精霊の娘とはいえ、足元にも及ばないだろう。
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