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文字数 1,045文字

一瞬だけ目を閉じ、逡巡する。しかし、彼は思い出した。自分は小さな主の本当の願いを叶えるためにここまで来たということを。
目を開け、エリゴスは厳かな声音で答えた。

『約束を果たすためだ』

今度は獣人族の貴公子が眉を顰める番だった。

「約束?」

 エリゴスが指を鳴らすと、水差し一つとガラスのコップ三つが宙に現れる。彼が指を動かすと、それに合わせて水差しが動き、ガラスのコップ達に水が注がれていく。
ソルーシュ達に目でそれを手に取るよう促すと、二人は恐る恐るコップを受け取り、ベッドや椅子に腰掛けた。短い話で終わらないということだけ理解出来る。

『…さて、どこから話すべきか』

 ゆっくりと魔界の王の口から真実が語り出される。
まずはナズナが水妖族に囚われてから脱出するまでの一年間だ。
とはいえ、これについてはエリゴスが実際に見た訳ではない。あくまでナズナの記憶を覗き見た一部に過ぎない。それでも、ナズナとリュウシンの出会い、そして第一の儀式を経て出会った水妖族の神のことやツァンフー帝国脱出の経緯をエリゴスの知る範囲で語った。
 エリゴスの語る過去のナズナについて、ソルーシュは辛そうに聞き入っていた。自責の念に駆られているのだろう。ジェラルドも神妙にして聞いている。

『それで、あの偽りの神がナズナと交わした約束についてだが…』

ユーフェイと過ごした日々の中で交わされた約束。
詳細を聞いてジェラルドの青い目が鋭く細められた。

「自分自身のためにナズナの命を使うだと?そんな馬鹿な話があるか!」

しかも物事をよく理解していない幼いナズナの弱味に付け込んだ約束だ。
また、脱出時にはナズナの感情の爆発があったとはいえ、ユーフェイ程の者であれば水妖族の者達を傷つけずに脱出する方法もあったはず。
それなのに過剰に傷つけ、犠牲者まで出してしまい余計にナズナに罪悪感を抱かせた。

 怒りで震えるジェラルドを余所に、ソルーシュは悔しそうに唇を噛む。
今まで何も知らずに暮らしてきた彼女は、どんな気持ちで思い出された記憶を見ていたのだろう。決して優しいものではない、その記憶を。
それと同時に何の力にもなれなかった自分に腹が立つ。商人の青年の心の内を読んだエリゴスが溜息を吐いた。

『そう自分を責めるな。お前の気持ちはよく分かる。
 だが、お前の場合はまだ手遅れではない』

含みのある魔界の王の言葉にソルーシュが顔を上げる。

「オレの場合?」

『…話を戻すぞ。その約束についての記憶が、四つ目の欠片だ。
 この際だから、最後の記憶についても話しておくぞ』
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