8-1

文字数 1,076文字

 港町で待ち伏せしていたソルーシュ達を振り切り、リュウシン達は人々の合間を縫って船が停泊する港へと駆ける。
その間、ナズナは先程とは違いまるで荷物を担ぐような格好で運ばれていた。視界が揺れて酔いそうになる。このまま黙って運ばれる訳にはいかないとナズナなりに抵抗してみるが、リュウシンの機械の腕はびくともしない。
後からついてくるジンフーがリュウシンの横に並んだ。

「どこかに隠れてやり過ごすというのは無理な話でしょう。貴方が先程言っていた小舟を拝借して…」

「いや、その時間すら惜しい。このまま飛び込むぞ」

「え、ええ?!」

リュウシンの発言にナズナが驚き目を見張る。
 そもそもナズナは生まれて一度も泳いだことがない。せいぜい身体を清めるために長く水(というより湯)に浸かるくらいだ。驚きの声を上げるナズナを無視して、リュウシンはナズナの身体を抱え直す。
ナズナの縛られている両腕を自身の首へ導き、無愛想な声で指示を出した。

「振り落とされないように掴まっていろ」

「ちょ、ちょっと…!」

「今のうちに大きく深呼吸しておいて下さいねー」

 言われるがままにリュウシンの首にしがみつき、ナズナは大きく深呼吸を繰り返す。
ナズナを抱えつつ、リュウシンは波止場へ向かおうとしたところで、後ろから風を切るような音が聞こえた。妙な気配を感じてリュウシンは素早く横に逸れる。
 彼らが行く先の地面に見覚えのある槍が突き刺さった。
リュウシンが舌打ちし、再び走り出す。並走するジンフーが楽しげに呟いた。

「あの獣人族の貴公子ですね」

「フン、こんな状況で無ければ完膚なきまで叩いてやるのだがな」

鼻を鳴らしつつ、リュウシンが跳躍するとまた別の槍が突き刺さる。
 絶え間なく襲い掛かってくる槍の雨を潜り抜け、ついにリュウシン達は冷たい海の中へと飛び込んだ。
飛び込む瞬間、悔しそうな表情で追い掛けてくるジェラルドと、幼馴染の青年、そして従兄の騎士の姿を見た気がした。



 海の水は肌を刺すように冷たく、そして息苦しい。本日も曇天のため海の中も薄暗い。
にも関わらず、ナズナを抱えるリュウシンとジンフーはそれらを物ともせずに自由に泳ぐ。
彼らは水の中にいても息苦しくないのか、表情を変えることなく故国に通じる海へと向かった。
 途中、ナズナの息が続かなくなる頃合いを見計らって、リュウシンだけ浮上する。新鮮な空気を求めてナズナが息を吸おうとすると、少しむせた。
リュウシンの首に縋ったまま、ナズナは辺りを見回すと遠くの方にポーラル=シュテルンの町が見える。リュウシン達が少し泳いだだけで、こんなに進めるのかと戦慄した。
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