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文字数 1,087文字

そんな昏い喜びを隠しながら、ホムラは慈しむように今もなお赤い跡に手で触れる。
触れられた瞬間ナズナの身体がびくりと反応し、すぐにやんわりと王の手を拒絶する。
 彼女の身体は水妖族の神への恐れのせいなのか小刻みに震えていた。

「も、申し訳ありませんが…これ以上私に触れないで頂けますか」

「ああ、また彼が手を出してくるかもって?さっきは不意を突かれただけだ。二度は無い。
 …でも、君がそう望むのであればこれ以上は止めておこう」

ほっとナズナが安堵の息を漏らす。

「ありがとうございます。陛下の寛大なお心遣いに感謝致します」

 ぎこちなく感謝の言葉を述べつつ、ナズナは距離を取ろうとする。そんな彼女の姿を見て、ホムラの短い眉が顰められた。その紫色の瞳には気遣いの色が浮かんでいる。

「私が言うのもなんだけど、大丈夫かい?」

「……」

ナズナは答えない。おそらく中にいる存在へ心を傾けているのだろう。
彼女の心が彼の方を向いていることは気に喰わないが、そろそろ明日に備えて休まねばならない。
欠片がある右目を押さえてホムラは逡巡した。が、眠気の方が勝ってくる。

「…とりあえず寝よう」

「はい、おやすみなさいませ」

横になるホムラを見届けながら、ナズナは寝台から下りて一礼する。
一体どこで寝るつもりなのか。竜人族の王は苦笑し、ぽんぽんと自分の近くの位置を叩いた。

「今日から君もここで休むんだよ。大丈夫、この寝台は無駄に広いから。私はもう少し離れて横になる。
 君は私の妃になる人なのだから、遠慮しないで」

遠慮以前の問題だろうと、もしここに魔界の王か幼馴染の商人の青年がいたら突っ込んでいた。しかしここにいるのはナズナだ。彼女はただ返す言葉もなく立ち尽くしている。
貴族令嬢として育てられたナズナは王の申し出に躊躇っていた。よほど豪胆な者でなければ大体躊躇うだろうが。

 業を煮やしたホムラがナズナの手首を引き寄せて、強引に布団の中へと引き摺りこむ。そして俊敏に彼女から距離を取って横になった。
あえてナズナに背を向けているということは、彼なりの気遣いなのだろう。
王の気遣いをありがたく思いつつも、ナズナは落ち着かない。落ち着かないなりに目を固く閉ざし、無理矢理にでも意識を飛ばそうと奮闘する。
何度挑戦しても眠気に誘われない。静かに寝返りをうち、竜人族の王の背中を盗み見る。
 彼の身体は寝息と共に規則正しく動いており、時折竜の翼が震えている。
すでにホムラは寝入っているようだった。やはり一国の王たる者、休める時はきちんと休めるように訓練されているのだろう。彼のことは苦手だが、そういうところは見習うべきだとナズナは思う。
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