二十(二)

文字数 1,386文字

「結局、『黒龍』は(ほう)から抜けて、ただの党に成り下がったということだ」
 (そん)逸輝(いつき)がつぶやいた言葉に、リョウが「どういうことだ?」と訊いた。
「“朋”には“仲間”という意味がある。“党”は、神を(まつ)るために一緒に集まって飯を食うことだ。だが、“徒党を組む”とか“悪党”という言葉はあっても“善党”という言葉はないだろう。悪い奴ほどよくつるむ、そうしないと勝てないからな」
 (でん)為行(いこう)がうなずいた。
「なるほど、(ちょう)萬英(まんえい)に、(りゅう)涓匡(けんきょう)、『(はっ)(かく)邸』、『黒龍』らが群がっていることだな。みんな、今や大金持ちだ」
「今度の安禄山の挙兵も、楊国忠にそそのかされたのだろうが、裏では、安禄山と哥舒(かじょ)(かん)を戦わせたい趙萬英が動いている。俺は、趙萬英を見たことがないが、いったいどんな奴なんだ」
 リョウの問いに、孫逸輝が答えた。
「背は高くもなく、低くもなく、太ってもおらず、痩せてもいない。筋肉質の体に卵型の顔、眼だけは鋭い狐目(きつねめ)で、周囲を抜け目なく(うかが)い、威圧する、まあそんなところだ。新しい世を作ると言っている」
「『黒龍』の連中も『新しい世になって後悔するな』って叫んでた。何なんだ、新しい世って」
「新しい世と言ってるのは、実は古い世のことさ。蕃将(ばんしょう)(異民族の将軍)やソグド商人のような余所者(よそもの)がいなくて、農民と奴隷の犠牲の上で、漢人の政商と結びついた漢人の貴族が悠々と暮らしていた、古き良き時代のことだろう」
 田為行も続けた。
「趙萬英は、貴族の出で、漢人第一主義の男だ。李林甫に引き上げられたのに、蕃将を重用する李林甫には反目し、怪しげな出自の楊国忠を苦々しく思っている。禁軍の中でも、(ちん)玄礼(げんれい)のような皇帝の股肱(ここう)の家臣ともそりが合わない。皇帝を守ることより、自分の権力のために羽立(うりゅう)軍総大将の地位を利用している」
「しかし、多かれ少なかれ、皇帝の周りに集まる権力者なんて、似たようなものだろう」
「まあそうかもしれないが、やり方というものがある。一部の龍武軍の将校が、楊国忠憎しで先走って謀反を起こしたときも、制圧されたその部隊を抜け目なく羽立軍に吸収した。正規軍の羽立軍のほかに、朔方(さくほう)軍の時代から、諜報活動や暗殺、敵対勢力の虐殺など、あくどいことをやるための裏工作部隊として(りゅう)涓匡(けんきょう)を手足のように使い、(かく)壮傑(そうけつ)のような、金のためなら何でもする政商を育て、その金の力で良家の子弟も集めているから、街人の受けも良い」
「だとしたら、安禄山の侵攻と長安の混乱を、趙萬英はどう利用するだろう」
 リョウの声に、みんな顔を見合わせた。(とう)龍恒(りゅうこう)が、厳しい声で言った。
「趙萬英の本当の狙いは、この混乱に乗じて、陛下も皇太子も排除し、自分が権力を握ることかもしれない」
「安禄山が長安に攻めて来るというのに、そんなこと、できるはずないじゃないか」
 (とう)龍溱(りゅうしん)が大きな声を出したが、リョウが言った。
「この状況を見れば、趙萬英の思惑通りだ。安全なはずの潼関(どうかん)にこもった哥舒(かじょ)(かん)の大軍を追い出して敗走させ、同時に安禄山軍も疲弊させた。安禄山配下の諸将には、すでに朝廷に寝返った将もいる。趙萬英自身は、朔方以来の子飼いの精鋭一万に、禁軍四万を持ち、漢人将軍の中で主導権を握れば、十万の兵を動かせるようになる。そうなれば、安禄山を駆逐し、国を掌握できるとの読みだろう」
 鄧龍恒が、さらに険しい顔で言った。
「だとすれば、陳玄礼のわずか二千の兵が守る陛下と皇太子が危ないな」
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