四(三)

文字数 1,268文字

 寺の部屋で横になっていたリョウに、間もなくヤズーが報告に来た。
「落下した足場の竹は、もう無かった。リョウが落ちた大仏の右肩は健が頭だが、そこの職人たちがサッサと片付けてしまった後だった。手際が良すぎるくらいだ。リョウは、()に落ちないと言っていたが、ただ足を滑らせたのではないのか?」
「いや、滑った記憶さえない。俺の足は確かに足場を(とら)えたと思ったのだが、その瞬間に足場の方が落ちて行った感じだ。すまないが、新しい足場が組まれる前に、上に上って、縄の状況も確かめてくれないか」
「普段、がれきの処理をしている俺が上に行くんじゃ、怪しまれるだろう」
「ヤズーは、山の民の(おさ)を知っているな。このままでは、足場を組んだ山の民が、崩れた責任を取らされる。山の民が上る分には誰も怪しまないから、その手伝いということで一緒に上って、何かおかしなことがないか探すんだ。(おさ)は漢語が話せるから、俺の頼みだと説明しろ。ただし、くれぐれも内密にな」
 リョウの腰の怪我は、幸い重くはなかった。丸一日、横になって、漸く動けるようになってきたころに、ヤズーと山の民の長が、調べた内容を報告に来た。「やはりな」と思ったところに、哲も見舞いに来た。
「リョウ、調子はどうだ。足場の総点検が終わって、崩れた箇所の改修も始まった。造立作業の遅れは、三日という所だな。幸い、ほかの足場は大丈夫だった」
「哲は、それをおかしいと思わないのか?同じ時期に作った足場の、一部だけが崩れたということが」
 怪訝(けげん)な顔の哲を横目に、リョウは、山の民の(おさ)に、調べた結果を話させた。
「崩れた足場の辺りの縄が、何本も、切れていた」
「切れたから落ちたんだろう。そんなことは分かっている」
 怒る哲に向かって、ヤズーが、持っていた縄の切れ端を見せた。
「切れていたのではなく、切られていたんだ」
「お前はたしか、長安から来た奴隷だったな。どうしてここにいるんだ」
 それには、リョウが答えた。
「俺が頼んだ。ヤズーは、もともと優秀な軍人だ。ヤズーの言うとおり、その縄は、重さがかかったらすぐ切れるように、鋭利な刃物で巧妙に細工されている」
「何だと、いったい誰がそんなことをするんだ」
「大仏の造立作業を邪魔するためだろう。もしかしたら、俺が毎朝、あそこに上るのを知っている者が、俺を狙ったのかもしれない。だが、犯人が分かったわけではない。騒ぎ立てると、敵の思うつぼだ。敵が馬脚を(あらわ)すまで、気付かぬふりで、気をつけて作業を進めるしかないだろう」
 そう言ってリョウは、哲に、それらの情報を呂浩や健、それに朱ツェドゥンや住職と共有して、現場での作業を慎重に進めるよう手配を頼んだ。
 その後も、おかしなことは続いた。落ちるはずのない所に岩が落下して怪我人が出たり、石の運搬用の馬が泡を吹いて死んだり、大仏の姿が明らかになるに従って事故も増えてくるようだった。しかし、見張りまで立てたリョウ達の監視網には、誰も引っかかってこなかった。
 それでも作業は、仕事に慣れてきた職人たちの手でどんどん進み、年内の完成が見えてきたようだった。
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