五(二)
文字数 1,500文字
その夜リョウは、呂浩 、哲、健にヤズーも交えて作戦を練った。いつものように、自分では戦わない朱ツェドゥンも、当然のように出席している。途中で、突厥 奴隷の一人も呼ばれ、会議は深夜まで続いた。
それから三日間、動きは無かった。何かを待っているのだろうかと、リョウは訝 ったが、おかげで迎撃の態勢は出来てきた。その間にも、大仏開眼 供養会 を控えて祝いの金品が続々と届けられた。それらは寺の裏の石窟に鉄格子を付けた金蔵に厳重にしまわれ、僧兵に守られていた。「この祝いの金品が溜 まるのを待っているのか?」とリョウは思った。
その翌日、黄河は前日からの雨で水かさが増していた。低く垂れこめた雲からは、今にも雨か雪が落ちてきそうだった。昼前に、見張りから急報があった。賊の陣営に乗船の動きがあるという。
リョウは、寺での指揮を哲たちに任せ、上流の高台に馬を走らせた。ヤズーたちの首尾を確かめるためだ。「雨にならねば良いが」、リョウはそう思った。
遠くから、敵の五艘の舟が速い流れに乗って近づいてくるのが見えた。すると、岩陰に隠れていたヤズーたちの独木舟 が二艘、スルスルと滑り出てきた。木枠に白樺の樹皮を貼り付けた小舟だが、四人の川の民が漕ぎ手で、高速で動ける。それにヤズーら弓が使える者が二人ずつ分乗していた。その二艘の独木舟 が、敵の一艘を挟み込み、両側からいきなり矢を射始めた。
ヤズーが、油で燃え盛る火矢を敵の舟に打ち込むのが見えた。空も河も濁った灰色の世界で、そこだけ鮮やかな紅に染めた様に、舟の真ん中に火柱が立った。予期せぬ襲撃と火矢に慌てふためいた数人が立ち上がり、敵の舟は燃えるよりも前に、平衡を失って忽 ち転覆した。
異変に気付いた他の舟では、兵らが弓に矢を番え、すぐに応戦体制を整えた。指揮官が、手振りで立ち上がらないように指示している。舟での戦いに慣れていない者たちなのだろう。独木舟 二艘が、また敵の一艘を挟み込んだ。しかし今度は、敵の舟からも反撃の矢が射られ、槍が投げられた。こうなると、防ぐものの無い独木舟 の方が不利だ。何人かの漕ぎ手が矢に倒れるのが見えた。「もはや、これまでだな」と思った時、ヤズーが放った火矢が、また敵の舟上に落下した。さらに、もう一本、火矢を舟のへりに打ち込み、独木舟 は戦場を離れた。「良くやった、ヤズー。後は、こっちに任せろ」、そう言ってリョウは、急いで馬を寺に戻した。
寺でも応戦体制を整えていた。石刻の作業場に並んでいた道具小屋は、実は、その半数以上が武器庫だと哲に教えられた。よく見ると、それらは本堂に上がる急な階段を防御するように並んでいて、いざとなったら敵を防ぐ盾にもなる。何百年も盗賊団や異民族の侵入を防いできた炳霊 寺は、その構えからして要塞 の様になっていることを知り、リョウは驚いたものだ。
どこから出て来たのか、僧兵も二十名ほどが、樫 の木の棍棒 を持って本堂を守っている。寺男や、若い僧たちだろう。川の民は敵に買収されたが、呂浩の金で山の民の十名ほどがこの戦に参戦し、健の指揮下で大仏を守っている。リョウは、横に並ぶ哲に言った。
「寄せ集めだが、数だけは六十名ほどで五分か。しかし、敵は本職の兵士だ。撃退できれば良いのだが」
「ああ、ただの盗賊とはわけが違う。それにしても、味方のはずの唐の軍勢と戦うのは妙な気分だ」
「そうだな。石工も奴隷たちも、それに敵の兵士だって、命を失くして良い理由なんかないはずだ」
「だがなリョウ、ここで仏心は禁物だ。なにせ相手は、唐軍を装った盗賊と言った方が良いような奴らだ。今までも、さんざん非道なことをしてきたことを忘れちゃなるまい」
それから三日間、動きは無かった。何かを待っているのだろうかと、リョウは
その翌日、黄河は前日からの雨で水かさが増していた。低く垂れこめた雲からは、今にも雨か雪が落ちてきそうだった。昼前に、見張りから急報があった。賊の陣営に乗船の動きがあるという。
リョウは、寺での指揮を哲たちに任せ、上流の高台に馬を走らせた。ヤズーたちの首尾を確かめるためだ。「雨にならねば良いが」、リョウはそう思った。
遠くから、敵の五艘の舟が速い流れに乗って近づいてくるのが見えた。すると、岩陰に隠れていたヤズーたちの
ヤズーが、油で燃え盛る火矢を敵の舟に打ち込むのが見えた。空も河も濁った灰色の世界で、そこだけ鮮やかな紅に染めた様に、舟の真ん中に火柱が立った。予期せぬ襲撃と火矢に慌てふためいた数人が立ち上がり、敵の舟は燃えるよりも前に、平衡を失って
異変に気付いた他の舟では、兵らが弓に矢を番え、すぐに応戦体制を整えた。指揮官が、手振りで立ち上がらないように指示している。舟での戦いに慣れていない者たちなのだろう。
寺でも応戦体制を整えていた。石刻の作業場に並んでいた道具小屋は、実は、その半数以上が武器庫だと哲に教えられた。よく見ると、それらは本堂に上がる急な階段を防御するように並んでいて、いざとなったら敵を防ぐ盾にもなる。何百年も盗賊団や異民族の侵入を防いできた
どこから出て来たのか、僧兵も二十名ほどが、
「寄せ集めだが、数だけは六十名ほどで五分か。しかし、敵は本職の兵士だ。撃退できれば良いのだが」
「ああ、ただの盗賊とはわけが違う。それにしても、味方のはずの唐の軍勢と戦うのは妙な気分だ」
「そうだな。石工も奴隷たちも、それに敵の兵士だって、命を失くして良い理由なんかないはずだ」
「だがなリョウ、ここで仏心は禁物だ。なにせ相手は、唐軍を装った盗賊と言った方が良いような奴らだ。今までも、さんざん非道なことをしてきたことを忘れちゃなるまい」