五(一)

文字数 1,267文字

 呂浩(ろこう)の使う間者から、謎の集団が炳霊(へいれい)寺を狙っているのは確かだとの知らせが入った。リョウは斥候(せっこう)を引き受け、ヤズーを連れて敵の駐留地を偵察に行った。突厥(とっくつ)の奴隷兵士のときからリョウは斥候を得意とし、その情報は戦の勝敗をも左右すると考えていた。
 対岸の船着き場の村で馬に乗り、間道を通って上流に向かった。半刻(一時間)ほどで、それらしき集団の駐留地を見つけた二人は、馬を木につなぎ、その大きな身体を繁みに隠しながら近づいた。 
「リョウ、やはり百人はいそうだな。岸辺の舟は五艘、二十人ずつというところか。大きい船はなさそうだから、あの舟で奇襲をかけるつもりだろう」
「確かにあの小舟なら、いくら川の民でも、馬は乗せられない。船着き場で別の船を調達すれば別だが」
「武器は、刀と槍。弓はさほど多くないが、あれは盗賊団なんかじゃなくて、間違いなく兵士だな」
「ああ、おそらく(ちょう)萬英(まんえい)の軍が、兵士を盗賊に偽装させているんだろう」
「そいつは誰だ」
「宰相の()林甫(りんぽ)子飼いの一万騎の将軍だ、汚いことでもなんでもやる。しかも、突厥(とっくつ)との最前線にいたから、兵士たちは唐軍の中でも実戦経験に長けている方だろう」
「あの舟を焼けたら良いのだが、岸からでは火矢が届きそうにない。だめなら、舟には舟で対抗するか」
「ヤズーは、舟の戦もできるのか?」
契丹(きったん)との戦では、川岸の陣地の取り合いをしたものだ」
 リョウは泳げない。未だに子供の頃に黄河を渡って突厥に行ったときの恐怖感がよみがえる。
「もしそうなったら、そっちはヤズーに頼むよ」
 寺に戻ったリョウは、突厥人の奴隷たちの所に行った。石の運搬用の馬を、戦で使えるように()らしておけと指図していたからだ。リョウが元は突厥の奴隷で、しかもネケル(親衛隊員)だったと知った奴隷たちは、自由人にしてやるというリョウを信頼し、戦への参加を志願してきたのだった。
「どうだ、農耕馬でも使えそうか?」
「いくら俺たちでも、こんなに急な調教では無理だ。戦闘が始まれば、暴れ馬になる可能性が高いな」
「俺も、それは分かっている。しかし、舟で来る敵は馬を持ってなさそうだ。歩兵と騎馬の戦力の差は、お前たちも十分、知っているだろう。使わない手は無い」
「ああ、できるだけやってみるよ、予め目隠皮(ブリンカー)を装着すれば、敵に一泡吹かせるぐらいはできるだろう」
 その次にリョウは、ヤズーを連れて、呂浩(ろこう)を訪ねた。
「敵は五艘の舟に分乗してくる。途中で、一艘でも二艘でも沈められれば、戦いも少しは楽になる。もし沈められなければ、多勢に無勢で、こっちが圧倒的に不利になる。ヤズーに川の民を貸してくれ」
「川の民の長は、金で敵に買われた。ここの仕事だって、金で引き受けていただけだから、お互いに恨みっこなしだがな。ただ、俺に情報を知らせてくれた男なら使える。前から俺が飼っていた若い男で、川の民でも、今の長と対立している別の一族の長だ。この辺一帯の支配を狙っている野心家だから、金次第で舟を出してくれるだろう」
「よし、それで決まりだ。敵が大量の兵士を何日も留めておく理由はない、急がなくては」
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