六(一)

文字数 1,354文字

 年が明け、崩れた足場の片づけも一段落したころ、哲がリョウに石刻師団の話をしてくれた。
炳霊(へいれい)寺の石刻師たちの子孫は、俺もそうだが、修行のために敦煌(とんこう)や西域の寺院に行く者もいれば、長安や洛陽で石屋になる者もいる。貴族たちとは別に、炳霊寺に関係する石工は石工で、秘密の“ホウ”を作っている。今回の件で、裴寛(はいかん)のもとから来てくれた健たちも、そういう仲間だ」
「“ホウ”というのは月を二つ書く“朋”のことか?」
「そうだ。甲骨文字では貝を二つつないだ形で、友人や仲間の意味だ。漢人は組織への従属より個人どうしのつながりを大切にする。普段は表立った活動をしないが、何かあれば、一緒に行動する。だから朋には個人で加わるし、唯一の掟は、仲間の秘密を守ることだ。ただ、長い間にその形態も少しずつ変わってきて、今では長安の『鄧龍(とうりゅう)』『黒龍』『飛龍』、洛陽の『雲龍』『蒼龍(そうりゅう)』という五つの石屋が中心になっているので、五竜(ほう)と言われている。仲間になるには、そのいずれかの推薦と、石刻の腕が認められることが条件だ」
「なぜ石屋がそんなことをするんだ?哲もその石屋にいたのか」
「俺も、かつては『飛龍』で世話になっていた。この国では、王朝が替わったり異民族に支配されたり、いろんなことがある。世の中が乱れた時でも、結束して力のある者の横暴から身を護るためだ。本当のところはよくわからんが、まあ仏教派とか、反権力だとかの色がついていたのは確かだな。しかし最近では、都が戦乱に巻き込まれることもなく、利益を追うだけの談合組織になって、結束が乱れてきている」
「嫌なら抜ければ良いだろう、簡単に抜けることもできないのか?」
「それは秘密を守れるかどうかだろう。寝返る恐れがあれば、抜けるどころか、殺されるかもしれない」
「殺されるほどの秘密というからには、後ろめたいことも、いろいろあるんだろうな」
 リョウは、少し嫌な顔をした。
「石屋って一口で言っても、墓石専門から、石仏、石碑、庭石、石灯籠までいろいろだ。石畳の舗装はもちろん、都の大通りを版築(はんちく)で突き固めるのも、大きな建築用の煉瓦(れんが)を焼くのも、石屋の身内の土建屋がやっていて、そこにはどでかい金が動く。それに、道路や大建築を造れる石工たちは、この国で最高の算術を使える技術者でもあり、朝廷の作事省の高官からも一目置かれている」
「仕事柄、宮殿の奥深くまで出入りできるし、役所の高官とも話ができるということか。その気になればいろんな情報が得られるのは、もっともな話だ。石工たちは間諜(かんちょう)を兼ねているわけだな」
「そういうことだ、察しがいいな。だから、貴族たちの弱みも握れる。平時はその情報を使って、金儲けだってやるだろう。情報は金になり、金が無きゃ、力なんか持てない。時には武力だって必要だから、石工に武闘訓練をさせて、いざとなったら戦える影の軍団さえ養っている」

 三月になると、完成した摩崖仏の足元には色とりどりの幕が張られ、周囲には花が飾られ、大仏開眼(かいげん)供養(くよう)()が盛大に行われた。そこはもう僧や貴族たちの場であり、石工たちの出番は無かった。石窟の石工は再び静かに石壁に向かい、裴寛(はいかん)から派遣されて来た哲の仲間も長安に戻った。戦に参戦した奴隷たちは約束通りに平民の身分を得、突厥(とっくつ)の奴隷たちは(せき)傳若(でんじゃく)の馬牧場を手伝うことになった。
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