三(五)

文字数 1,316文字

 哲が、まだ納得できない顔で()(こう)に訴えた。
「おい()(こう)、リョウはとんでも無いことを言っている。だいたい、そんなこと、できるのか?」
「いやあ、実に面白いではないか。考えてみれば、頭数ばかり多くて、全体が良く見えない。職人たちだって、自分の得意なことをやりたいだろう」
 呂浩の前向きな発言に助けられ、リョウは状況を整理した。
「職人は今、長安から来た哲の仲間が十人、呂浩が長安から募集した者が十人、それに以前から石窟にいた者が六人。全部で、二十六人だ。だが、岩の掘削(くっさく)など土木工事に(ひい)でた職人、大仏の下絵が描ける画工、摩崖(まがい)(ぶつ)の石刻ができる石工と、得意技がいろいろで、しかも派閥ごとに偏っている。だから職人をその技術に応じて二組に分け、四十人の奴隷と二十人の山の民、川の民も、老若が偏らないように二組に分ける。それでどうだろう」
「俺の仲間は、俺以外の者に仕えるのは嫌がるだろう。だいたい人の名前を覚えるのだって面倒くさい」
 納得しない哲に、呂浩が笑った。
「哲の石工としての腕はたいしたものだが、人使いは苦手のようだな。わしはリョウの言うようにやってみるのも面白いと思うが」
「どうかお願いします。右側の組は哲が、左側の組は健に頭領になってもらえれば、他の職人たちも納得するのではないか。奴隷たちは、俺が面倒をみる。必ず、しっかり働かせるから」

 哲は、「二人ともそう言うならしょうがないか」と半ばあきらめて、リョウの案に乗ることになった。その後リョウは、哲と健と一緒に、職人の技量に合わせて、全員を二つの組に分ける案を練った。さらに、大仏の左側と右側とで、同じ進行になるように、仕事の段取りを具体的に書き出し、目標の期日も定めた。字が読めない職人や奴隷のために、作業ごとに絵も添えた。
 そのうえで、手順の見直しと役割の再配分で、順番に半日休みが取れるようにした。工程ごとに目標より早く進んだ時には、追加の休みとご馳走を出し、普段は酒が与えられない奴隷にも、褒美の酒を出すと知らせた。頑張れば休めて、酒も飲めると知って、奴隷たちの目の色が変わった。
 リョウには目算があった。目標を定めてやる気を上げ、休みも与えた方が効率が上がるし、仕事の段取りや道具を工夫すれば、まだまだ生産性が上がる、と考えたのだ。
 岩の掘削(くっさく)では、上から岩石の破片が降ってくるので、上の作業を休む間に、下でそれを運び出す。大仏の両側の岩を削っている間に、画工が中のお顔や、手の形、衣裳のひだやしわを描き込んでいく。それに沿って、石工が上から順に仏の形を彫り出していく。作業ごとに、腕の立つ職人を責任者にし、現場に密着して指示を出すようにさせた。
 道具も、現場に即したものを工夫させた。職人や奴隷の中から、大工や鍛冶(かじ)の経験者を募って、歩きやすい木道や梯子(はしご)、上から岩石を流す木枠、それに岩壁の掘削に必要な石鑿(いしのみ)や大きな石頭(せきとう)(ハンマー)も作らせた。重いものの運搬用に追加で農耕馬を購入し、その扱いは遊牧民の突厥(とっくつ)奴隷に任せた。老人らは厨房(ちゅうぼう)に送り込み、質と量の増した大量の食事作りや野菜の栽培に従事させた。現場が少しずつ、活気を取りもどしていくのが眼に見えるようだった。
(「創意工夫」おわり)
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