十八(五)
文字数 1,457文字
リョウたちが閉じ込められた小屋に、賄 の男が食事と酒を運んできた。孫 逸輝 が気さくな調子で訊いた。
「賑やかな音が聞こえるな。もう、あっちの宴会は始まったのかい」
「うまい食い物に酒、それに女の踊りまで付いている。冥途 の土産というやつだな」
「その冥途行きの不幸な連中は、どれほど居るんだ」
「大将と主な将軍たち、それに護衛の兵だから、三十人は居るだろう」
「余計なことは言わずに、サッサと戻れ」
警護の兵に叱られて、男は戻って行き、小屋は再び施錠された。
賄の男は「主な将軍たち」と言っていた。間違いなくアユンもいるだろう。今や副隊長となったテペもいるかもしれない。護衛にはネケル(親衛隊員)のバズが居るだろう。リョウは、胸がドキドキして息が苦しくなった。アユンを助けるために自分が動けば、進も孫逸輝も殺されるかもしれない。もし無事に逃げ出すことができても、顔 杲卿 と争った罪で、長安に戻ることができなくなるかもしれない。そんなリョウの胸の内を見透かしたように孫逸輝が言った。
「俺もお役目とは言え、お前の言うことを見聞きしてきて、その気持ちも分かる。もしリョウが小屋の外に出たいなら、俺はお前に殴られて気絶したことにしても良い。縛ってくれたら、なお良い。そうすれば『鄧龍 』に累 は及ばないだろう。その代わり、お前はこの先、ずっと朝廷の敵として狙われる。『青海邸』も、お前の家族もだ。まあ、安禄山が天下を取れば、英雄になれるかもしれないが」
自分のことは良い、だが「家族」と言われてリョウは、ガンと殴られたような気がした。アユンのネケルだった頃から今まで、戦う前にそんなことは考えたこともなかった。しかし今、リョウには、アユンだけでなく、守るべき婷 と愛淑 がいる。それに「青海邸」が疑われたら、実質的な主である石 傳若 にまで迷惑をかけることになる。何をすべきなのか、何が正しいことなのか、リョウは必死で考えた。
外の見張りが一人になっていた。おそらく宴が終わりに近く、一人は加勢に呼び出されたのだろう。決行が近いと思われ、もう躊躇 している時間は無かった。ずっと将軍になると言っていた進を、唐を敵にした戦いに巻き込むことはできない、そう思って残るように言ったが、進はリョウと行動を共にすると言う。
リョウは孫逸輝に、酒を追加するよう頼んでくれと言った。
「おい、酒をもう一本くれ、こっちは客だからな」
しぶしぶ見張りの兵士が母屋に向かったのを確かめて、リョウは、本気で孫逸輝を殴り、失神させて柱に縛った。下手な芝居をさせるよりは、孫逸輝のためにもその方が良いと思ってのことだった。見張りの兵が酒を持った賄 の男と戻ってきて、小屋の鍵を開けた途端、進と二人で見張りの兵と賄の男を殴り倒し、猿轡 をかませて孫逸輝と並べて柱に縛った。
リョウは兵士の服をはぎ取り、鎧 兜 を着け、剣と槍を奪うと、物陰に隠れながら母屋に近づいた。進には、厩舎 に行って脱出用の馬を用意して待つように言った。騒ぎが起きて四半刻(三十分)経ってもリョウが帰って来なかったら、一人で逃げるように言ってある。
母屋に近づくと、二重三重に兵士たちが囲み、一部の兵らは門から中庭に静かに侵入し始めているのが見えた。リョウはとっさに脱出口を探したが、あの正面の門を突破するしかないように見えた。
「かかれー!」
隊長の声が響き、中庭に面した母屋の戸が開かれた。中に居た者は一斉に立ち上がり、怒声が響き渡ったが、酒に酔い、武器を持たない安禄山軍の将兵らが、次々に討ち取られて行くのが見えた。
「賑やかな音が聞こえるな。もう、あっちの宴会は始まったのかい」
「うまい食い物に酒、それに女の踊りまで付いている。
「その冥途行きの不幸な連中は、どれほど居るんだ」
「大将と主な将軍たち、それに護衛の兵だから、三十人は居るだろう」
「余計なことは言わずに、サッサと戻れ」
警護の兵に叱られて、男は戻って行き、小屋は再び施錠された。
賄の男は「主な将軍たち」と言っていた。間違いなくアユンもいるだろう。今や副隊長となったテペもいるかもしれない。護衛にはネケル(親衛隊員)のバズが居るだろう。リョウは、胸がドキドキして息が苦しくなった。アユンを助けるために自分が動けば、進も孫逸輝も殺されるかもしれない。もし無事に逃げ出すことができても、
「俺もお役目とは言え、お前の言うことを見聞きしてきて、その気持ちも分かる。もしリョウが小屋の外に出たいなら、俺はお前に殴られて気絶したことにしても良い。縛ってくれたら、なお良い。そうすれば『
自分のことは良い、だが「家族」と言われてリョウは、ガンと殴られたような気がした。アユンのネケルだった頃から今まで、戦う前にそんなことは考えたこともなかった。しかし今、リョウには、アユンだけでなく、守るべき
外の見張りが一人になっていた。おそらく宴が終わりに近く、一人は加勢に呼び出されたのだろう。決行が近いと思われ、もう
リョウは孫逸輝に、酒を追加するよう頼んでくれと言った。
「おい、酒をもう一本くれ、こっちは客だからな」
しぶしぶ見張りの兵士が母屋に向かったのを確かめて、リョウは、本気で孫逸輝を殴り、失神させて柱に縛った。下手な芝居をさせるよりは、孫逸輝のためにもその方が良いと思ってのことだった。見張りの兵が酒を持った
リョウは兵士の服をはぎ取り、
母屋に近づくと、二重三重に兵士たちが囲み、一部の兵らは門から中庭に静かに侵入し始めているのが見えた。リョウはとっさに脱出口を探したが、あの正面の門を突破するしかないように見えた。
「かかれー!」
隊長の声が響き、中庭に面した母屋の戸が開かれた。中に居た者は一斉に立ち上がり、怒声が響き渡ったが、酒に酔い、武器を持たない安禄山軍の将兵らが、次々に討ち取られて行くのが見えた。