二十一(四)

文字数 1,371文字

 翌日、リョウたちは、扶風(ふふう)で哲たちを手伝って、祝賀の石碑を完成させた。
 先行していた皇太子一行は、扶風の父老たちに新皇帝即位を告知し、馬嵬(ばかい)と同様に村を祝賀の提灯で(よそお)わせていた。そのまま急いで、皇太子一行を追い、馬嵬から百六十里(約80km)の鳳翔(ほうしょう)まで到着したのは、日が暮れてからだった。
 (ちん)玄礼(げんれい)将軍が、千人の龍武軍兵士を率いて皇帝と共に蜀に向かったので、鳳翔で皇太子を守る龍武軍の将兵は、わずか千人の親衛隊しかいなかった。しかし、その日の夜遅く、夜を日に継いで駆けて来た、朔方(さくほう)・河東軍の先遣隊二万が、ぎりぎりで合流を果たした。

 見張りや斥候からは、夜を徹して次々と知らせが入っていた。
羽立(うりゅう)軍が、草原の東側に展開しているのを確認!その数、約三万」
(ちょう)萬英(まんえい)将軍の将軍旗を中央に確認!」
 皇太子を囲み、()輔国(ほこく)、龍武軍の親衛隊長、朔方軍隊長、河東軍隊長が作戦会議を開き、リョウも歴戦の経験が考慮されて陪席を許された。作戦では、総大将を朔方軍の隊長とし、左に朔方軍六千、右に河東軍六千を置いて攻撃を担わせ、中央の皇太子の前面には、両軍から四千ずつ合わせて八千で防御陣を築くことになった。それとは別に、龍武軍の親衛隊千人が皇太子を守る。その親衛隊長が言った。
「敵は三万と報告があったが、さらに逃亡兵が増えているとの報告がある。明日は互角の戦力だろう」
 李輔国が朔方軍と河東軍の両隊長にリョウを紹介しながら言った。
「はじめ敵は五万だった。リョウの石工軍団は、たった二十人で、二万以上の敵を退けたようだ」
「安心はできない。俺が知っている趙萬英の主力軍は勇猛果敢な兵士ぞろい、計略にも富んでいる」
「いずれにしろ決戦は明日の朝だ。交代で休んで、体力をつけておくことにしよう」
 
 リョウの石工軍団は、既に大役を果たしたということで、明日の戦闘では皇太子の親衛隊に加わることになった。仮眠を取っていた未明、異変が起きた。暗闇の中で、ドスン、ガタンと物音が響いた。「ウグッ!」とうめき声が洩れる。喚声の一つもない、静かな襲撃だった。
 飛び起きたリョウは、剣を抜いて皇太子の天幕に走った。松明(たいまつ)の灯りの中で、見張りが三人とも()られているのが見えた。襲撃に気付いた親衛隊長が天幕を守り、大声で兵を呼んでいた。その隊長に、数人の男たちが斬りかかり、乱闘となっているところにリョウも飛び込んだ。警護の兵に交じって、(でん)為行(いこう)や哲、健も飛び出してきた。多勢に無勢で、賊はまもなく全部討ち取られた。
 皇太子を狙った決死隊だったのだろう、七人の男が死んでいた。男たちは、茶色の頭巾を被っており、(りゅう)涓匡(けんきょう)の裏部隊だと思われた。皇太子側も、見張りの三人に加えて、親衛隊長が死んでいた。
「やはり仕掛けて来たな、何を油断していたんだ!明日の決戦はままならないぞ」
 李輔国が怒声を上げ、隊長の遺体から指揮官の旗を取り上げると、リョウに手渡した。
「親衛隊は、馬嵬の林で見張られているのにも気付かず、今度はこのざまだ。親衛隊の長はリョウに任せるぞ」
 隣で、副隊長が苦々しい顔をしていた。「李輔国という男は、知識はあるが、人も兵も知らないようだ」、そう思ったリョウは、その旗を副隊長に手渡しながら、李輔国に言った。
「そんなことをすれば兵は動かない。その代わり、明日は騎射ができる兵を百騎、俺に預けてくれ」
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