十七(五)

文字数 1,478文字

 安禄山が、それまで秘めていた挙兵の決意を、アユンたち諸将に告げたのは天宝十四載(755年)十一月六日のことだった。雄武城に武器や糧食を備蓄し、多くの馬を養い、軍事訓練を重ねてきた安禄山の将兵の動きは素早かった。わずか三日後、十一月九日には「奸臣(かんしん)楊国忠を討つ」と宣言し、郡県の役所に高札を掲げさせ、総勢十五万の軍を進発させた。
 リョウたちは、安禄山に会ってから挙兵までの三日間、幽州のアユンの屋敷で軟禁された。挙兵の秘密を守るためである。それでもリョウはアユンと相談して、配下の一人を密かに長安の「青海邸」に急行させた。安禄山が挙兵したことを朝廷が知り、親仁(しんじん)(ぼう)にある安禄山邸の警戒が厳しくなる前に、キョルクとその従者の突厥(とっくつ)人たちを、脱出させるためだった。(あん)慶宗(けいそう)には別に知らせが行くだろう、そうなると、下手をすればキョルクが犠牲にされかねない。だから、「青海邸」の影響力の及ぶ祆教(けんきょう)寺院に、密かに逃がすよう指示したのだった。
 安禄山は、リョウと別れるとき「挙兵後は、アユンと共に戦ってくれ」と言っていた。アユンもまた、リョウに共に武器を取るよう頼んできた。しかしリョウは迷っていた。
「安禄山は、より良い国にするために、立ち上がると言う。しかし俺には、それが本当に民のためなのか、それとも安禄山の欲のためなのか、わからない。希遠(きえん)和尚(おしょう)も言っていた。本当は何を守るための戦いなのか、それを見極めれば、良い戦争などというものはあり得ないと」
「俺は親父と共に戦う。リョウが、俺たちにつかないなら、俺は立場上、リョウを(とら)えなければならない」
「いや、俺も安禄山将軍の、誰でも分け隔てなく受け入れる包容力や、自由な商いで人々を豊かにする力には、感嘆している。できれば、力になりたいと思う。ただ、楊国忠らに(あお)られて、先に兵を挙げてしまったのは、まずかった。民を苦しめ、恨みを買うことになる」
「挙兵したからには、一刻も早く、長安を落とす必要がある。郡県の民や長官の支持があれば、無血開城しながら進軍し、楊国忠の方が逃げ出すことも考えられる」
「そうなれば良いが、楊国忠が頼みにする河西・隴右(ろうゆう)節度使の哥舒(かじょ)(かん)は大の安禄山嫌いだ。禁軍(王宮守護の軍)の(ちょう)萬英(まんえい)将軍や(ちん)玄礼(げんれい)将軍も、貴族出身で蕃将(ばんしょう)嫌いだ。待ってましたと、軍を送ってくるだろう。俺は、とにかく、進軍の道筋にある常山の太守、(がん)杲卿(こうけい)に会い、その後、平原の太守の(がん)真卿(しんけい)と会って、血生臭い戦にならないよう説得してみる。彼ら二人が安禄山に従えば、洛陽までの一帯の県や郡は安禄山に味方するだろう。二人とも、范陽(はんよう)節度使の安禄山の配下だから、俺が話に行っても何の問題もないだろう」
 そう言って、リョウとその仲間は、進軍するアユンの兵と行動を共にすることにした。
「グネスも年を取った。前線に連れて行かずに、サイッシュと一緒に兵八千を預けて製鉄場の守りに付かせる。俺はテペやバズと共に残りの若い兵二千を連れていく」
 リョウは、アユンが、幽州に残した妻や子、それに製鉄場を、グネスら突厥(とっくつ)の兵に託しているのだろうと思った。アユンは自分の部族を守るために、安禄山の仮子(かりこ)になっている。仮子としての責務から、自分は副隊長のテペ、ネケルのバズらを引き連れて最前線に向かうが、部族長としての本当の使命は、突厥の一族を守ることだと、腹の中では思っているのだろう。アユンはアユンなりに、リョウにも言えずに悩んでいる。だとすると、安禄山の軍、十五万の中には、この出兵を悩んでいる者が、もっと、もっといるのではないかと、進軍の先行きが案じられた。
(「安禄山立つ」おわり)
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