二十(五)

文字数 1,101文字

 林間に作った野宿の拠点に戻ると、(でん)為行(いこう)がリョウに言った。
「さっきの騒ぎは、偶然に起こったものではない」
「なんだと、誰かが仕組んだとでも言うのか」
「騒ぎの前に(ちん)玄礼(げんれい)が皇太子付きの宦官(かんがん)()輔国(ほこく)に会うのを見た。陛下の忠臣で楊国忠嫌いの陳玄礼が、このままでは陛下も危ないと、楊国忠の排除を皇太子に進言したようだ。その証拠に、その後、陳玄礼が将軍たちの前で演説したのを聞いた。『君が都を棄てざるを得なくなったのは楊国忠の(とが)だ、奴を血祭りにあげろ!』とな」
「しかし、そのために、最近は平和を保っていた吐蕃の使節を殺し、朱ツェドゥンまでが殺された」
「この状況で、そこまで巧妙に仕組めたはずがない。飢えと疲労で凶暴になった兵士がやらかしたのだろう。そこは偶然だったと諦めるしかないぞ、リョウ」
 二人の話に、哲と健が割って入った。
「周囲の偵察で怪しい奴らを見た。皇太子の天幕がある林を、遠巻きに囲んでいる部隊がいる。禁軍の警護の兵かと思ったが、挙動がおかしいし、むしろ皇太子を監視しているようだった」
「どのくらい、いるんだ?」
「ざっと百人というところか。禁軍の(よろい)(かぶと)に交じって、茶色の頭巾(ずきん)を被った連中もいた」
(りゅう)涓匡(けんきょう)の別働隊だ。一足先に長安を出たと思ったら、こんなところにいたのか」
「奴らの狙いは何だ?」
 田為行が腕を組んで上をにらんだ。リョウが、一言、一言、確かめるように言った。
「劉涓匡は(ちょう)萬英(まんえい)の命令を受けている、趙萬英は、この乱で蕃将同士が消耗戦をしている間に、漢人将軍の中で主導権を握り、一気に権力の座につきたいと考えている。だとすれば、陳玄礼の軍を破り、皇太子を拉致して皇帝に仕上げるか、あるいは皇太子を殺して他の皇子を擁立するかだ」
「皇帝と皇太子の両方殺して、自分が皇帝になるかもしれねえよ」
 健の言葉にリョウがうなずいた。
「禁軍(王宮守護の軍)である羽立(うりゅう)軍大将軍の趙萬英から見れば、龍武軍大将軍の陳玄礼は、ときの宰相、楊国忠を殺した謀反人ということになる。反乱軍として陳玄礼を討つ大義名分ができた。どっちにしても、皇太子が危ない。皇甫惟明将軍が、王友として共に未来を語り、命を懸けた人だ」
 そこに進が転がり込んできた。
「シメンがいた!」
「どこだ?」
「林を取り巻く怪しげな部隊を見張っていたら、芸人風の女が二人来て捕まった。子連れだなと思って見ていたら、それがシメンだった」
「それで無事なのか?」
「胡女(ソグド女)なんか殺してしまえ、って兵士どもが息巻いていたが、上官に言われて木に縛られている。殺す前に、いたぶるつもりではないか」
「タンを亡くし、朱ツェドゥンを亡くした今、シメンまで亡くすわけにはいかない」
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