十八(一)

文字数 1,213文字

 進軍途上の郡県では、地方長官が逃げだすか、あるいは安禄山に従ったので、ほとんど戦いもなく、軍は一日に六十里(約三十キロ)進軍し、十一月十九日には博陵(はくりょう)に到着、次いで常山郡の藁城(こうじょう)に達した。
 やがて藁城の安禄山のもとに、常山太守の(がん)杲卿(こうけい)が駆けつけてきた。顔杲卿は、もともと安禄山に厚遇されて昇進してきたのであり、当然のことと言えた。安禄山は、軍が発った後の常山の守りを顔杲卿に託し、紫の衣を与えた。同時に、安禄山軍の将軍、()欽湊(きんそう)に、その五千の兵で常山の西、河東から太行(たいこう)山脈を越えて河北に通ずる要衝、土門関(どもんかん)を守ること、さらにアユンの部隊二千もその指揮下に入ることが指示された。

 アユンが残ることになったので、リョウは、ここで安禄山軍から離れて平原郡に行くことを願い出た。(がん)真卿(しんけい)(がん)杲卿(こうけい)が安禄山軍に従ったと伝えるためである。それは願ったりということで、すぐに許可された。平原に向かう途上、進が言った。
「俺は、今度こそ将軍になれるな。それにしても、どっち側の将軍だ?」
「進よ、この戦いに参戦するのに、何の意義があるのだろう。皇甫(こうほ)将軍に恥じることなく、青海旗を掲げることができるだろうか、俺はそればかり考えている」

 常山から平原までは六百里(約300km)、馬で急いで五日の距離である。平原は、安禄山軍が幽州から洛陽に向かって南進する道筋から外れているので、まだ平穏だった。
 一年前のことがあったので、顔真卿はリョウたちを機嫌よく迎えた。
「石刻師のリョウだったな。お前には一本取られた。お前が言ったとおり、あのままではこの城は一日も持たなかっただろう。この一年、城の周りへ(ほり)を巡らせ、兵士も集め、倉庫は武器、兵糧で満たした」
「それは良かった。ただ、そこまでして何も疑われませんでしたか」
「ハハハ、ちょうど長雨だったから、城壁と濠を修理する理由には事欠かなかった。一度だけ、わしの行動を怪しんだ安禄山の命を受けて、側近が四人ほど幽州から様子を見に来た。それで、リョウも知っている東方朔(とうほうさく)(まつ)った(びょう)に案内して、たっぷり美味いものを食わせ、酒を飲ませてやった。ついでに濠に舟を浮かべて、酒を飲みながら文士たちと詩を詠む会に誘ったら、それは勘弁してくれと、そそくさと帰って行ったわ」
 この様子では、顔真卿は安禄山と戦う気が満々なのだなとリョウは思ったが、従弟の顔杲卿が安禄山に会って紫の衣を賜ったという話をしてみた。
「安禄山の奴は、わしにも長安からの反攻に備えて、平原を守れと命令書を送ってきた。しかし、顔家の家訓に従えば、朝廷へ反旗を掲げた安禄山に従うなどあり得ない。杲卿兄とて、一時しのぎで従ったふりをしているだけであろう。わしはこれから、各地に(ふみ)を送り、一万の義兵を募るつもりだ。機が熟したら、リョウはここに居る季明と共に常山へ帰り、杲卿兄もわしと一緒に戦うように伝えてくれ。常山と平原を結ぶ線を抑えれば、あの反乱軍どもは范陽に戻れなくなる」
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