九(四)
文字数 1,419文字
年が明け、「鄧龍 」での話から三カ月ほど経っていたが、その間、リョウは「青海邸」と「鄧龍」の掛け持ちで、正月や長安の春を楽しむ暇もなく東奔西走していた。街中に提灯 が灯 されお祭り騒ぎをしていた時も、咲き誇る牡丹 を巡って騒々しいほどの車馬が街を行き交い、西明寺の庭に長い行列ができた時にも、リョウはとてもそれどころではなかった。
少し落ち着いてきたとき、リョウは久しぶりに朱ツェドゥンを訪ねた。長安での新しい暮らしの様子を伝えるためと、ツェドゥンから最新の情報を教えてもらうためだった。その屋敷で、リョウは初めてゆっくりと牡丹を眺めることができた。紫色と紅色の牡丹が一つの鉢に植えられ、広い庭園の緑を背景に、空気を引き締めるように凜 と咲いていた。庭の亭 (あずまや)でツェドゥンが言った。
「宮殿にもたくさんの牡丹が植えられ、皇帝や楊 貴妃 も楽しみにしています。楊貴妃の三人のお姉さんや、後宮 の女性たちも、美しい牡丹を得ようと、競い合っているそうです」
「珍奇な牡丹に数万銭をはたいて、破産した役人もいると聞いた。だから、牡丹にはあまり良い印象がないが、ここの牡丹は本当にきれいだ」
「花は、見る者の心を映しますからね」
亭 でお茶を飲みながら、一通りリョウの話を聞いた朱ツェドゥンは言った。
「そうですか。リョウが五竜 朋 に入るとは、これほど心強い話はないです。炳霊 寺の哲も裴寛 のもとにいる健も、喜んでくれるでしょう。それで、その『黒龍』はどうしたのですか?」
「五竜朋の“朋”は、個人の結びつきのことで、商売は別で、それぞれが行うことになっている。だから、 『黒龍』が『八郭 邸』と付き合っても、それが特定の権力におもねるのでなければ、何も問題はない。ただ、自分の商売のために仲間の情報を漏らすことは厳しく禁じられている。今回は、俺がまだ朋として受け入れられる前の情報だから、『黒龍』としての落ち度はないということになって、今後の情報の扱いを慎重にするということで収まったのだ」
「ということは、リョウは正式に五竜朋の構成員になったのですね」
「まあ、見習いっていうところかな。『黒龍』が、俺がソグド人の血を引いていると難癖をつけている」
「五竜朋も時代と共に変わり、最近は漢人中心の考え方の人間が多くなっています。それに、『黒龍』は、炳霊 寺を襲った盗賊団が、実は趙 萬英 と関係があると感づいているのでしょう」
「それにしても、石屋の情報網は馬鹿にならない。俺が哲たちと一緒に炳霊寺石窟の大仏を完成させ、しかも襲って来た盗賊団を追い返した話は、みんな知っていた。だから、『鄧龍』の推薦もあることだし、石刻も武術も、腕試しは不要となった」
「リョウは、石工の影の軍団も指揮するのですね」
「まだわからないが、石工の兵士としての育成は俺が手伝う。戦など知らない若い石工が多い。皇甫 将軍が死んで以来、不穏な空気があるし、突然の乱に備えて鍛えておこうということになった。そのあたりの情報を、ツェドゥンは何か、知らないか?」
朱ツェドゥンは、どこから話そうかとでも言うように、牡丹の花に目をやった。
「三年前、李林甫に疎 まれて節度使から漢陽太守に左遷された王 忠嗣 将軍が、昨年、病死しました」
「そうでしたか。皇甫将軍といい、王忠嗣将軍といい、ものがはっきり言える人はいなくなってしまいましたね」
「王忠嗣将軍は、雄武城に武器をため込む安 禄山 は謀反 起こすと言って、軍令違反に問われたのです」
少し落ち着いてきたとき、リョウは久しぶりに朱ツェドゥンを訪ねた。長安での新しい暮らしの様子を伝えるためと、ツェドゥンから最新の情報を教えてもらうためだった。その屋敷で、リョウは初めてゆっくりと牡丹を眺めることができた。紫色と紅色の牡丹が一つの鉢に植えられ、広い庭園の緑を背景に、空気を引き締めるように
「宮殿にもたくさんの牡丹が植えられ、皇帝や
「珍奇な牡丹に数万銭をはたいて、破産した役人もいると聞いた。だから、牡丹にはあまり良い印象がないが、ここの牡丹は本当にきれいだ」
「花は、見る者の心を映しますからね」
「そうですか。リョウが
「五竜朋の“朋”は、個人の結びつきのことで、商売は別で、それぞれが行うことになっている。だから、 『黒龍』が『
「ということは、リョウは正式に五竜朋の構成員になったのですね」
「まあ、見習いっていうところかな。『黒龍』が、俺がソグド人の血を引いていると難癖をつけている」
「五竜朋も時代と共に変わり、最近は漢人中心の考え方の人間が多くなっています。それに、『黒龍』は、
「それにしても、石屋の情報網は馬鹿にならない。俺が哲たちと一緒に炳霊寺石窟の大仏を完成させ、しかも襲って来た盗賊団を追い返した話は、みんな知っていた。だから、『鄧龍』の推薦もあることだし、石刻も武術も、腕試しは不要となった」
「リョウは、石工の影の軍団も指揮するのですね」
「まだわからないが、石工の兵士としての育成は俺が手伝う。戦など知らない若い石工が多い。
朱ツェドゥンは、どこから話そうかとでも言うように、牡丹の花に目をやった。
「三年前、李林甫に
「そうでしたか。皇甫将軍といい、王忠嗣将軍といい、ものがはっきり言える人はいなくなってしまいましたね」
「王忠嗣将軍は、雄武城に武器をため込む